文章の筋肉

異端者

『文章の筋肉』本文

 今日は日曜だったので、たまには私も犬の散歩に行くことにした。

 散歩は普段、両親が連れて行っているが、休日にはたまにこうして私が連れて行くこともある。

 リードで引っ張って歩いていると、犬が気になる物があったのか立ち止まった。

 ぎゅっと引いても、足を踏ん張ってそこから動こうとしない。抵抗しながら、その辺りの臭いをしきりに嗅いでいる。

 その体は小さいが筋肉質で、力強い。引き締まっており、両肩の筋肉が背中から浮き上がっているようにさえ見える。

 毎日の散歩の成果だろうか。欠かさず運動するというのは、こうして「筋肉」という目に見える成果となって表れる。

 それに引き換え――

 私は自身の不甲斐なさを思った。

 私は仕事以外できることがないので、趣味でぽつぽつと文章を書いては小説投稿サイトに公開している。

 だが、その結果は散々なものだった。

 良い、悪いという評価以前に読まれない、閲覧数が増えない。大手の小説投稿サイトにも関わらず、PV(閲覧数)が10いかないことも度々あった。たまに、運が良ければ10数PVで評価も付く、その程度だ。


 体は鍛えれば筋肉が付く――が、文章は違うのだろうか?


 ふいに、リードが前に引っ張られた。

 どうやら立ち止まって考え込んでいたようだ。犬が早く行こうと急かしている。

 私は再び歩き出した。

 こうして歩いているだけでも、犬の体の筋肉は付く。

 しかし、ただ書いて公開するだけでは文章の筋肉は付かないのだろうか?

 空は良く晴れていた。物語の主人公なら、暗雲立ち込める空か、しとしと雨が降り注ぐ空となっただろうが、現実はそんなに甘くはない。

 日の光は全てを照らし出す。そこには都合の悪いものを覆い隠してくれる慈悲は無い。

 要するに、才能が無いのだろう。ただ、それだけのことだ。

 私は自身を盲目的に信じることはできない。他人の言葉で容易く迷い、つまずく。これまでも、自身よりも他人の言葉を信じたことが幾度となくあった。

 それでも、誰かからお前は才能がない、文章を書くのをやめろと言われた訳ではない。

 川沿いの堤防の道に入った。

 川には水鳥が何羽も泳いでいる。そこに迷いや躊躇いは無い。ただ、あるがままにある――それがなんと難しいことだろう。

 私にはそれができない。絶対の自信があるなら、PVや評価など気にせず書き続ければよい。それができないから、今日明日の天気を気にするように、PVの1つ2つ、評価の1つ2つで一喜一憂している。

 迷い躊躇い、時には投げ出して――多くの作家志望者から見れば、私は笑い物だろう。

 私には確たる信念がない。ただ、書きたい時に書いて、書き上げれば公開する。それだけだ。

 賞を取れれば良いなと思いつつ、本気で取れると思っているのかと言われればノーだ。熱意が足りないと言われればそうだろうが、あいにくその才能があるとも思えなかった。

 それでも、書き続けていればなんとかなるかと思いつつ続けているが、目が出る気配すらない。

 ピロン!

 スマホからメールの着信音がした。見ると、とっくの昔に忘れた短編小説に応援コメントが付いたという通知だった。公開した当時はPVが全くと言っていいほど伸びず、作者である私さえ気にもしていなかった作品だった。

 水面から水鳥が1羽、飛び立っていく。空は青く広く、それを縛るものは何もない。


 ――もっと自由に書けよ。


 どこからともなく、そう言われた気がした。

 書き続けたところで、文章の筋肉は育たないかもしれない。けれど、いつの日かどこか誰かに届くかもしれない――そんな気がした。

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