あるボディビルダーの再起

たつみ暁

あるボディビルダーの再起

 俺は界隈では有名なボディビルダーだった。

 スポットライトは俺のもの。歓声も拍手も賞賛も、全て俺が一身に受けるもの。俺の筋肉の美しさに勝てる奴はいない。

 そう驕り昂っていた罰か、バイクで事故って。

「元の身体には戻れないでしょう」

 と医師に宣告される大怪我を負った。

 人生が終わった気分だった。もう、何もしても無駄。あの栄光のもとには戻れない。病院の中庭まで車椅子を動かし、風に揺れる木々をぼんやりと眺めていると。

「もう、何を黄昏ているの!?」

 いつの間にか目の前に、女が立っていた。いつの間に、いつから立っていた? こんな気配に気づかないほど、俺は腑抜けていたのか。

 見上げた女は、掛け値無しに美人だった。化粧っ気は無く、そんなに胸が大きいとか、くびれがすごいとかも無いのに、「美しい」としか形容しようの無い端正さを兼ね備えていた。

 そして気づく。持って生まれたものだけで、美を表現する事ができる人間もいるのだと。

 俺がぽかんと口を開けている間に、女は身を屈めて、口づけできそうな距離まで近づき、叱咤する。

「私、あなたの美しさが好きだったよ。見えないところで必死に頑張った結果なんだろうなあって。ちょっと調子に乗るところも、まあ、人間だからしょうがないかあって、可愛くすら見えた」

 大きな声ではない。周りに患者や看護師はうろついているのに、俺にしか聞こえないだろう声量で、だのに、しっかりと鍛えられた筋肉のような強さをもって、俺の心に響く。

「負けないで。怪我に負けないで。そして、あなた自身の心に負けないで。素敵なあなたを、また見たいから」

 ざあっと。一陣の風が舞う。思わず目を閉じて、再び開けた時には、女の姿はどこにも見当たらなかった。

 だけど、言葉は残った。俺の心に。

 病室に戻った俺は、定時回診に来た主治医に、はっきりと告げた。

「リハビリ、頑張りたいです。きつくてもやります」

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