マッスル芸人のお仕事

八万

第1話 彼の名は『マッスル²』

 (……よしっ、いくぞ!)


 彼の名は『マッスル²』

 もちろん本名ではなく芸名だ。


 読み方は「マッスルマッスル」。


「マッスルさん、準備お願いします!」

「オーケイ、マッソー!」


 彼はストレッチを切り上げると丸太のような二の腕をパンパンと叩いて気合を入れた。

 入念なストレッチをした彼の小麦色の肌にはうっすらと汗が滲み、それが彼の筋肉をより美しく見せていた。



「さぁ! 続いての挑戦者は……つ、ついにキター!!! 芸能界いや、日本一と言っても過言ではない筋肉男! その名はマッスルマッスルゥゥゥ!!!!!」


 幕が上がりマッスル²が舞台上に登場すると、実況アナウンサーがここがクライマックスだとばかりに声を張り上げる。


 彼は実況の声量や参加者の予想以上の応援により顔を強張らせるが、いつものマッスルポーズをヌンヌンとキめると直ぐに調子を取り戻した。

 そして白すぎる歯をキラリと見せて、スリーポーズしながらのあのセリフ。


「「「マッスル! マッスル! オーマッソー!!!」」」


 実況と参加者、さらに少なくない観客が彼の決め台詞ぜりふを興奮気味に唱和する。


 その後に続く参加者からヤジのような掛け声。

 

「マッスル頼んだぞー!」

「マッソーキレてるよー!」

「上腕二頭筋チョモランマ!」

 


 彼にとっては最後の挑戦。年齢的に筋肉がピークを越えている。

 この大会、毎年優勝候補と言われながら、最後の最後の難関でつまずいて優勝を逃したのが昨年の事。この準優勝が彼の最高順位だった。


 関係者席には妻と目がクリクリで可愛い双子の女の子。妻は心配そうに、娘達はヒーローを応援するかのように目を輝かせて「パパがんばってー!」と叫んでいた。


 緊張感が高まる中でのスリーカウントが始まる。


 彼は顔を両手で叩きチラリと愛する家族を見つめる。


(パパの勇姿見ててくれよな……)


 けたたましいブザーの音が競技のスタートを告げる。


 彼は勢いよく飛び出すと池の上のローラーに跳び付いた。


 ――が、届かずに敢え無く池に頭から盛大に突っ込んだ。


 会場は一瞬静寂に包まれていた。

 が、その後に盛大な笑いと拍手が巻き起こる。


 彼はつまずいてしまった。




 その日のマッスル²家の夕食は焼肉であった。


「あなた、焼肉食べて元気出してね。来年はきっと優勝できるわよ」

「パパ、ころんじゃったね、マッスルマッスル!」

「パパ、すぐお池にドボンだったね、マッスルマッスル!」


 彼は後一年がんばってみようと決心した。


 今日もマッスル²家は笑いに溢れた一日であった。



 

 完

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