筋肉進化を極める

水円 岳

 文芸部の部室。室内を占領しているダンベルやランニングマシンは、俺の私物だ。俺と橋田の他に幽霊一名しかいない文芸部は、俺が辞めると部員不足で即廃部。是が非でも部室でぐうたらしたい橋田は、トレーニングルームとして使わせろっていう俺のリクエストを受け入れるしかない。

 対人関係難ありの俺は連帯を強制されるスポ根系部活が軒並みアウトで、こうして黙々と筋トレするのが性に合っている。ただ……暇なんだよ。で、新刊のラノベをぼけーっと読んでいる橋田にちょっかいを出してみる。


「なあ、橋田。毎日こうして筋トレに励んでいるのに、ちっとも筋肉が進化しないんだ。どこに原因があると思う?」


 本から目を離さないまま、橋田が聞き返した。


「筋肉を進化させるだって?」

「そう。漫然と筋肉を増量、強化するんじゃなく、俺にしかないすぺっしゃるな筋肉に進化させたいんだ」

「ふむ」


 橋田の意識は俺に向かない。書面に向かってぶつぶつ言ってる。


「進化かあ。生存に最低限必要な筋肉以外は退化してもいいんだけどなー」

「もう退化してるだろ」


 文系部もやし男子を地で行ってる橋田だからなあ。自力で立つのもやっとじゃないのか?


「そうでもないよ」


 左手で本を押さえたまま、空いた右手の小指一本でいっちゃん重いダンベルをひょいっと持ち上げやがった。


「げ!」

「一回進化しちゃうと、元に戻らないんだ」


 人は……見かけによらない。


「おい、どうやって進化させたんだ?」

「ん? 進化にはきっかけがいる。俺は可能な限り多くの本を読みたいという切実な願望に基づいて筋肉を最適化した。だから全ての筋肉が速読型に進化した」

「それ、意味あるのか?」

「もちろん。ただ進化速度が速過ぎて、大きな誤算が」


 むぅ。進化が望ましい方向に行くとは限らないもんなあ。


「どういう誤算だ?」

「脳まで筋肉になっちまった。何万回読んでも内容が理解できない」



【おしまい】

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筋肉進化を極める 水円 岳 @mizomer

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