第25話 領主からの依頼

「いやあ〜すまなかったな、ダイス」


 焚き火に身を寄せて温まる俺にグレイブがへらへらと謝ってきた。


「……本当ですよ。酷い目に遭いました」

「最高のリアクションだったぜ!」

「うれしくない!全然うれしくないから!」


 グレイブが満足気に俺を評価してくるが、冗談じゃない。本当に死ぬかと思った。

 第十五番坑道の鉄扉が開いた途端、その冷風は俺から瞬時に体温を奪っていった。グレイブの魔法で足を地面に埋め込まれ拘束されていた俺は逃げる事もできず、扉が再び閉まるまで冷気を浴び続け、閉まり切る前には意識が飛んでいた。そうして気付いて目が覚めると焚き火の前に寝かされており、フレイヤとベイナック村長が焚き火を使って鍋を煮ていたのである。


「話は村長さんから全部聞かせてもらいました。やっぱり首謀者はグレイブだったんですね。虐待ですよこんなの。自由を奪ってまでやることですか、まったく」

「まあまあ、そんなに怒んなって。悪かったって言ってるだろ?これぞレビオノスの洗礼、って奴よ」

「洗礼って……過ぎた悪戯なだけでしょうが」


 はぁ、この体育会系め。そういうノリは分かる奴らだけの界隈でやってよね。


「あの魔法を教えてくれたら許してあげます」

「そいつはダメだ」

「じゃあ、許しません」

「……たぁく、かてぇなお前は。無理なもんは無理だ。いいから、これ飲んでさっさとあったまれ。せっかく嬢ちゃんたちが作ってくれたんだ。ほれ、食え食え」


 恨めしそうに言う俺にグレイブが器を差し出してきた。中には温かい根菜のスープが入っていた。鍋を掻き混ぜるフレイヤとその様子を見ているベイナック村長へ視線を向けると、ベイナック村長が微笑みながら頷く。


「おかわりもありますから、言ってくださいね」

「ありがとうございます」

「ほらほら、村長も嬢ちゃんも食べて食べて。高いところで食う飯は一味違からよ」


 ベイナック村長に俺がお礼を言うと、グレイブがフレイヤとベイナック村長にも食べるように勧めていく。

 グレイブめ。焚き火の薪から料理の食材まで全部織り込み済みで悪戯を考えていたらしい。だったら、ただ飯を食うだけでいいじゃないか。

 と、そう言ったら。


「何言ってんだよ。それだけじゃ、つまらねえだろ?」


 なんの悪びれもせず、当然のように言われてしまった。これには言い返す気も起きなかった。


「まあ、僕たちもお昼ご飯まだでしたから、ここで食べられるのはありがたいですけど」

「そうだぞ。飯は有り難く食うもんだ。ウチの村以外じゃ、腹が空いたら好きな時に飯食える所なんてそうそうないんだからな」

「え、そうなの?」


 さらっと言いながらスープを飲むグレイブに俺は驚きながら聞いた。


「さっきも言ったけどな。結界が広い町や村ってのは少ない。それこそ、このハーメスト大陸じゃごく僅かだ。結界がデカい、広いってだけでそこは裕福な部類になる。なんせ、土地があるからな。たとえ金がない村や集落だとしても、結界の中で耕せる土地さえあれば願ったり叶ったりだ。安全な場所で安全に食材を育てて食うことができる。だからこうして、今ここで飯が食えるってことは有り難くて幸せなことなんだぜ」


 知らなかった。

 ただのド田舎だと馬鹿にしていたけれど、ここは結構恵まれた場所だったようだ。もしかして、人種って貧困に喘いでいたりするのだろうか?


(でも、それなら結界を大きくしたり設置数を増やすとか、もっとやりようはあると思うのだけど。食料問題だって、それで多くが改善されていくはずだ)


 俺はとりあえず、疑問に思ったことをベイナック村長を含めて聞いてみた。


「まあ、子供でもそう考えるわな。結界を複数設置していけば人が安全に住める土地は多くなる。ってな」

「ですが、そうもいかないんです」

「理由があるんですか?」


 グレイブが腕を組んでうんうんと相槌を打ちながら言うとベイナック村長がその考えを否定するように言った。俺はすかさず聞いた。

 すると。


「私、それ知ってるわ!」


 ベイナック村長の隣で話を聞いていたフレイヤが手を上げて言ってきた。


「【ディアクロニアスベルト】ってのが掘り尽くされたからよ!」

「フレイヤちゃん、正解です」

「よく知ってたな。やるな、嬢ちゃん!」

「ふふん!」


 ズバリッ、とばかりにフレイヤが答えると大人二人が褒めていく。

 ぱちぱちぱちと拍手が送られる中で、俺はフレイヤの答えになるほどと理解していった。


【ディアクロニアスベルト】ーーー。


 かつて人種が住むこの大陸に存在していた世界最高の鉱脈。

 アホな人種の先祖は全世界に喧嘩を吹っ掛けて戦争を起こし、その鉱脈をバンバン掘っていった。そして、戦争に負けて残りの鉱脈を他国に奪われ掘り尽くされてしまった。


 そんな、かつての栄華と言える鉱脈が結界に関係しているとなると答えは一つだ。


「結界に使用する鉱石はそこでしか採ることができない、ってことですか」

「その通りです。ダイス君」


 ベイナック村長が頷く。


「結界に使用される鉱石はとても特殊な物でして、この大陸に残るか細い鉱脈筋では掘り当てるどころか、地中に生まれることすらないのです」


 確か戦争って300年くらい前のことだっけ?

 そこからディアクロニアスベルトが使えなくなったってことはつまり、……新しい結界の装置を作ったりすることができなくなったわけで……。


「じゃあ、大戦以降、新しい町とか村っていうのはできてないんですか?」


 余剰分がないのだから安全な土地を広げることは出来ない。ましてや、結界の装置に不具合があった場合、取り替えることもできない。そうなると、増やすどころの話ではない。反対に、地図から消滅した町や村がいくつもある可能性すらある。


(おいおい、考えれば考えるほど人類やばくないか?)


 そう思っていると、次はグレイブが答えてくれた。


「いいや。新しいのもあるぜ。数はそんなに多くないけどな」

「鉱脈はもう空なんですよね?どうやって新しく結界を張ったんですか?」

「植民地って、分かるか?」


 すると、グレイブが俺の質問に質問で返してきた。


「ああいや、その歳で知るわけねえか」


 植民地。

 他国の移住者達によって新たに経済的に開拓された土地のことだ。この場合は、戦後なのでもう少し違う意味合いだろうか。


「戦争で他国に奪われた土地ってことですよね」

「うえ……、おめぇ何でんなこと知ってんだよ。可愛くねぇガキだな」

「これは父がさらっと言ってましたから」

「だったら、何で結界について知らねえんだよ」


 それな!


「つーか、それが分かるならもう答えも同然だろ」

「他大陸の種族が占領した土地で結界が新しく張られて人が住める場所が増えた、と」

「そゆことだ」


 そゆことね。

 んー。つまり、今の人種には新しく結界の装置を用意し、配備することはできないが、他大陸の種族はそれを可能にしているということか。

 それって、人種の住んでる場所の結界が万が一、壊れたりしたら住む所なくなるってことだよね。詰んでない、この種族?


「だからよ。結界を増設することも、拡大拡張することもできないってわけだ。俺たちにできることってのは、今ある結界の装置をこれからもずっと使えるように手入していくことと、結界が消えないように燃料となる鉱石をべ続けることくらいなんだ」


 それ以外のことをしようものなら、他大陸にいる肥沃な鉱脈をお持ちの種族達に頭を下げなければならない、ということなのだろう。

 うわぁ、人種負け組過ぎてなんも言えねぇ。


「ちなみに、グレイブが今日ここですることは結界の事と関係あるんですか?」

「まあ、そんなところだ。領主様に仕えてるって話はしたよな」


 フレイヤにね。

 俺は聞き耳を立てていただけで、直接言われたわけではない。が、とりあえず頷いておいた。


「最近、魔物が活発になってきてな。結界を直接攻撃してくる輩が増え始めてきた。それも頻繁にだ。度重なる魔物からの襲撃にグラン・リバイサーは結界を維持するために通常稼働時よりも多くの魔素を消費していく。そうすると」

「鉱石をたくさん使うってわけね!」

「そのとおり!」


 フレイヤの回答にグレイブが指を鳴らす。


「俺はエレブラッド侯爵の命を受けてベイナック村長に鉱脈探しの調査を依頼しに来たってわけさ」

「休暇じゃなかったの?」

「半分休暇、半分仕事ってわけさ」


 わあ、ブラック。


「でも、鉱脈を探すって言ったってこんな廃鉱山なんて調査しても仕方ないんじゃ」

「それを今から調べるってわけよ。んじゃ、そろそろ片付けて中に入るぞ!いつまでもくっちゃべってたら日が暮れちまうからな」


 グレイブの号令で俺たちは片付けを始めていった。

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魔石の力は使いよう!〜〜転生してド田舎の鉱山で育った俺は魔石を使ってセカンドライフを謳歌する〜〜 現状思考 @eletona_noveles

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