第24話 仕返し

 レビオノス鉱山の第十五番坑道を前にして、俺は杖をつきながら巨大な扉の前まで歩いていくベイナック村長へ話し掛けに行った。


「あの、村長さん。聞きたいことがあるんですけど」

「ん?なんだね?」


 声を掛けるとベイナック村長は歩みを止めて振り返ると、優しい響きを効かせた声音で聞き返してきた。


「えと。グレイブがその中の奥に用があるって言ってたんですけど、これから入るんですか?」

「ああ。そうだよ」

「レビオノスの坑道ってとても寒いと聞いたんですけど、その、大丈夫……なんですか?」


 俺はベイナック村長の服装と杖しか持っていない姿を見ながら心配と不安を織り交ぜながら聞いた。


「ん?…………ああ。なるほど」


 すると、ベイナック村長は俺の視線の意味を理解すると相槌を打った。


「なに、平気だとも。何も心配は要らないよ」

「あの、それはどういう……」

「そこで見ていなさい」


 そう言って俺の頭にぽんぽんと手を置くベイナック村長は、再び坑道の鉄扉の前まで向かって行った。


(いやあ、見ていなさいって……。本当に平気か?)


 俺が寒さに耐えられたのは第六番坑道の入り口から数歩先に入ったところまでだ。第七番坑道なんてそれどころの話じゃなかった。それが十五番ともなると中がどんなことになっているかなんて想像もしたくない。きっと俺は扉が開いただけで瞬間冷凍されるだろう。その自信がある。

 そんな俺を前にして、この村長の余裕。


(ふむ。なるほど。これはやはり、そういう仕掛けがあると見て間違いないだろう。くっふっふっふっふ…………)


 無理を言ってついてきたのは正解だった。

 グレイブがレビオノス鉱山に用があると言った時、俺は坑道に足を踏み入れる可能性もあると予想していたのだ。そして、その予想に加えて、もしかしたら極寒の坑道内に踏み込む方法があり、それを知ることができるかもしれないという期待もしていたのである。


(まあ、村長に確認を取る必要もなく、ほぼ確信していたがね!)


 だって見てみろ、あの男を!

 坑道の奥に用があると先程フレイヤに言っていた癖に、そのグレイブ本人は薄着且つ、腰に巻いたベルトに小さなポーチが複数付いているだけのザ・手ぶら軽装備。

 そんな奴が何の策もなく、身体一つで寒風吹き荒ぶであろう鉄の扉のその先へと入って行くはずがない。


(さあ、この俺に正しい侵入方法を教えるがいい!そしたら俺がこの廃鉱山を占拠し、しゃぶり尽くすかのように掘って掘って掘りまくってやるぜ!ふはははははははははっ!)


 そうして俺が悪い顔をして企んでいると、後ろからグレイブとフレイヤがやってきた。


「なんだよ。お前も鉄扉の中のこと知ってたのかよ。揶揄い甲斐がねえなあ。つまんねえ〜」


 揶揄うって、あんたまさか……。

 ああやだやだ。いい大人が俺と同じ様な思考回路をしてやがるたぁね。道理で気が合うわけだ。


「あれ?フレイヤさん?どうして俺の腕を引っ張るの?あの〜、流石に扉の前は危ないんじゃないかな〜って思うだけど」

「なに言ってるのよ。私が、あんたに、中がすごく寒いって教えてあげたんじゃない!せっかくだから、扉の前に立ってなさいよ!」

「その説は誠に申し訳ございませんでしたっ!」


 前にフレイヤに寒風を浴びせたこと、まだ根に持ってたみたいだ。俺、ちゃんと謝らなかったっけ?謝ったてたようなそうでないような、いや、それでも謝罪はしてた気がするんだけど、ねえ、マジで本当にごめんでした!


「フレイヤ、ここに居ると君まで巻き添い食うんじゃないかな?だから、ね、ほら、俺から手を離そう!解放しよう!」

「おや。なんだね、ダイス君。もしかしてアレを浴びてみたいのかね?勇気あるねえ。流石は我が村の子だね」


 おいこらジジイ!お前に話しかけてなんかねぇんだよ!流石のクソもあるかー!


「ねえ、ちょっと助けて、グレイブ!フレイヤを引き剥がして」

「ったく。何してんだ。ここは危険だって言ってるだろう。ふざけるのもいい加減にしろよ」


 俺がグレイブに助けを求めると、やれやれと厳しいことを言いながらこちらへ向かってきた。

 これで助かった……。


「我、世界の理に繋がり願うものなり。大地の割いて我が敵の動きを封じよ。【アースロック】」

「へ?なにそれ、魔法?なんで、ねえ……あれ、えっ、足がっ!えっちょっ!!」


 まさかの、人生で初めて目の当たりにした魔法で俺は足首の高さまで割れた地面に拘束され身動きが出来なくされてしまった。


「いっちょあがりー!」

「あがってないっ!あがってないから!なんでこんなくだらないことに魔法使ってるの!?」

「フレイヤの嬢ちゃん。もう手を離していいぜ」

「はーい」


 なっ?!おまえらぁ、まさか初めから……。


「村長さん!!」


 お願い助けて!

 そう思って呼ぶと、ベイナック村長は鉄扉の横にある装置の窪みに持っていた杖ーーー否、レバーを差し込んだ。


「ほい、きた。では、いきますよ〜」

「村長?待って、何してるの?村長ォオ!??」


 ベイナック村長は俺の叫びを無視してレバーを勢いよく引いた。するとガコンッ、と重たい音を立てながら大きな鉄扉が動き出していきーーー。


「いやあああぁああああああああ!!!!」


 俺は、老人と中年と幼馴染によって坑道から漏れ出る強烈な冷気によって氷漬けにされるのだった。

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