第23話 山道にて再び肝を冷やす
「二人とも、高いところは怖くないのかな?」
レビオノス鉱山を登り始めしばらくすると、杖をつきながら前を歩くベイナック村長が振り返って聞いてきた。
「はい、大丈夫です」
「こんなのへっちゃらよ!」
「流石は我が村の子だね」
俺とフレイヤがそれぞれ返事をしていくと、ベイナック村長は笑みを溢してながら相槌を打つ。
レビオノス鉱山の山道は緩やかな坂となっていて道幅も広い。それはかつて、掘り当てた鉱石を荷車に乗せて運んでいた為だろう。だから、切り立つ崖の淵や細い稜線の上を歩いているわけではないので怖さは全くない。それにまだ心配するほど登ってきていない。
「だからって俺と村長からあまり離れんなよ」
すると、後ろからグレイブが声を掛けてきた。俺とフレイヤは振り向いて返事をする様に頷く。
「こう見えても廃鉱山はお前らの思ってる以上に危険な場所だからな。あんな風に斜面が崩れて山道に傾れ込んでくることもあるからな」
グレイブの指差す方へと視線を向け、道の半分が岩と砂の瓦礫で埋まっている場所を目にする。上を見上げる限りでははっきりと分からないが、もしかしたらこれはあの時の残骸かもしれない。フレイヤもそう思ったのか、俺と目が合った。
「絶対に離れないわ」
「僕も大人しくしてます」
そうして俺たちは危険を訴えるグレイブに振り返ると頷いていった。
「なんだ?やけに素直じゃねえか」
まあね。
自慢じゃないけど、この前落ちたばっかりなんだ。ほんと自慢じゃないが!……それに俺に至っては前科二犯だし、一回目で見事に死んじゃってますから。
俺はこの中にいる誰よりも細心の注意を払って登っていった。
「そんなに緊張しなくても大丈夫ですよ」
「あ、いえ、緊張なんて」
「ちと、ヒビらせすぎたか?」
「え、ぜんぜん、びびってなんかないし?」
ベイナック村長とグレイブが俺の様子が気になるのか声を掛けてくれる。まったく、過保護だなあ。まあ、こちとら見た目子供なのだから心配されて当然か。そういうことにしよう。
「歩き方が気持ち悪いわ」
と、思っていたら隣で歩いてるフレイヤが俺を一瞥して言ってきた。
おいおい、フレイヤさん。厳重警戒モードの俺が気持ち悪いわけないだろ。むしろ、エージェント並みにかっこいいだろうが。
「確かに気持ち悪いな。ほら、村長もそう思いますよね」
「ガレンノート家は愉快で良いですね」
はい、厳重警戒モード終わりー!
普通に歩きまーす!
「ばか」
「バカだな」
「愉快ですね」
一思いに殺してくれっ!
そうして緩やかでジグザグした山道を第十番坑道まで登っていったところで、フレイヤがグレイブの隣へと行った。
「ねえ、グレイブさん」
「どうした、フレイヤの嬢ちゃん」
「調査って、なにをするの?あとどれくらい登るの?」
並んで歩きながら当初から気になっていた事を質問し始めたようだ。俺は二人の前を歩きながら耳だけ傾けていった。
「第十五番坑道の奥に用があってな。ある物を調べに行くんだ」
「ある物?それってなに?」
「まだ内緒だ」
「え〜」
「だって口で説明しづらいからな」
「なによそれ」
フレイヤがくすりと笑いながらその後もグレイブに質問や会話を続けていく。人に嫌われていると言っていたフレイヤはてっきり自信を喪失していたと思っていたのだが、積極的に話せている様だった。
俺はそんな二人の会話から意識を離して、グレイブの言った“ある物”について考えてみた。兵士の仕事としてわざわざ廃鉱山の24道ある坑道の第十五番坑道を選ぶ理由はなんだ?やっぱ、奥にお宝が?……そういえば坑道って上に行けば行くほど寒く……。
「でも、坑道ってすっごく寒いわよね。どうやって入るの?」
「あっ、ちょ!フレイヤ!?」
時を同じくして、フレイヤが俺と同じ疑問を口にしたところで二人の間に割って入ると彼女を引っ張って止めた。
「なによ。私なんか変なこと言った?」
「えっと、変という事じゃないんだけど、坑道が寒いってことはあまり口にしない方が……」
「なんでよ」
いや、だから扉の中の様子が分かるってことは開けたことがあるってことを自白しちゃってるからね!不法侵入したことも全部バレちゃうよ!
だが、俺が思った事を小声でフレイヤに伝えようとしたところで、後ろからグレイブが肩を叩いてきた。
「なんだよ。どうかしたか?」
「いっ……いや、なにも!」
「ほんとか?」
どーしよ……めっちゃ怪しまれてる……。
「う、うんうん!ちょっと、その、フレイヤの髪に……そう!髪に木の葉っぱが付いてたんだ!」
「あ?そんなの付いてたか?」
「もぉ〜、こんなのどこで付けてきたの〜?お転婆なんだから〜」
俺の様子を怪しむグレイブを誤魔化すため、俺はフレイヤの茜色をした長い髪を指先で梳いてゴミを落としていく振りをしていった。ほうほう。手触りめっちゃいいな。昔飼ってたうさぎを思いダーーー。
「ーーーすぇべらあっ!!?」
「いつまで触ってる気よ!バカ!」
フレイヤに容赦なく頬を殴られ、俺は空中で二回転半を決めてから地面に転がった。ァァ痛い。俺には分かる。今のはガチのやつだ。
「もう知らない!」
「ったく、何やってんだよ。こんなところで女にちょっかい出してっと死ぬぞ?色んな意味で」
俺はグレイブに助け起こされながら、もう二度とフレイヤへ勝手に触れない事を胸中で誓っていった。
……だが、これでいい。俺の目的は話題を逸らすことにあったのだ。これはその為に必要な負傷だっただけのことよ。
「それで、さっきの話だけどよ。坑道の事はお父さんにでも聞いたのか?」
すると、グレイブはしっかりと話題を思い出し、フレイヤに聞いた。
(はい、前言撤回。怪我しただけでした!)
フレイヤの答え次第ではここに忍び込んだことがバレてしまう危険が高まる。もしバレたらどうなるだろうか。今ここにはベイナック村長もいる。これはその場で断罪されるかもしれない。そうなればきっと多額の罰金か、いや最悪、一家揃って村から追放。
(それはやばいっ!!)
俺はどうにか他に誤魔化す策はないかと考え出すが、全く思いつかなかった。
「ううん、違うわ」
俺は顔を青くしながら、俺を置いて先を歩いていく二人を見ていることしかできなかった。嗚呼、さらば我が異世界セカンドライフ。ようこそ、贖罪に身を削るギルティライフ。
「お爺ちゃんよ」
おじい……。おじいちゃん。お爺ちゃんって。ヤン・フーリスのことかぁあ!!!
「そうか。あの爺さん、なんでも知ってっからな。驚かせようと思ったのに当てが外れたぜ」
「残念でした!」
グレイブとフレイヤが楽しそうにベイナック村長の後を付いて行く。
そんな三人の後ろで密かに冷や汗を掻きながら安堵の息を漏らしていると、フレイヤが一瞬だけ振り返って俺に向けて舌をベェっと出してきた。
(どういう意味?腹立つ!!5歳の癖に生意気なっ!!)
そうして、俺たちはレビオノス鉱山第十五番坑道までやってきた。
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