第22話 兵士の仕事と結界

 翌日。

 俺は渋い顔をするグレイブに無理を言ってレビオノス鉱山についていくことを許可してもらった。もちろん、フレイヤも一緒だ。

 今はフレイヤの家でいつもこなしている仕事を早々に終わらせて、ヤン爺さんの工房で読み書きの勉強をしながらグレイブが来るのを待っているところだ。


「本当に大丈夫?」


 集中を先に切らした俺は、せっせと文字を書いて練習をしていくフレイヤにそう声を掛ける。すると彼女は素っ気なく「ええ。平気よ」と返してきた。


「無理してない?」


 俺はその返事がいまいち信じられなくて、ついしつこく聞いてしまう。なにせ、廃鉱山レビオノスの崩落に巻き込まれて地下坑道に閉じ込められたのはまだ日の浅い出来事だ。本人が大丈夫と言うなら大丈夫なのだろう。その言葉に去勢も無理もないのだと信じてあげたい。


(だけどなあ、トラウマって意外と不意に襲ってくるもんだしなあ。うーん。途中で足がすくんでしまったり、泣き出したりしないだろうか……。ああ、心配だ)


 そんな俺の様子に耐えかねてか、フレイヤは顔を上げると煩わし気に俺を見てきた。


「昨日も言ったじゃない。もうなんとも思ってないわよ。私はただ、グレイブさんがレビオノス鉱山に何しに行くのか気になるからついて行くの」


 フレイヤはつっけんどんにそう言うと勉強へと戻って言った。俺は次こそ聞き返さずに、フレイヤが本当に恐怖心や不安を抱えていないのだと信じることにした。いや、最初から信じてますけどね!


(まあ、俺がグレイブについて行くって言った理由も同じだしな。わざわざ廃鉱山に行って何しようってんだ?)


 そんなこんなで集中力を散漫とさせながら俺も勉強の続きをしていった。

 それからしばらくして。

 お昼の時間に差し掛かる頃合いに、グレイブが顔を出した。


「ようっ!待たせたな、お前ら!」


 片手を上げて軽快な挨拶をしてきたグレイブに俺とフレイヤは机から顔を上げていく。この人、本当に元気いいなあ。


「待ちくたびれるところでした」

「悪ぃ。少し話が盛り上がっちまってよ」

「早く行きましょう!」

「おうし!じゃあ、さっそく行くか!」


 俺とフレイヤが交互に言うと、グレイブは踵を返して煽動するように歩き出し、俺たちはその背中を追った。


「グレイブさん、昨日の夜はどうだった?ダイアスおじさん達となに話したの?」


 グレイブの横に並んでとてとて歩きながらフレイヤは昨晩、ウチに来た様子を聞いていく。グレイブはにこりと笑って話し始めた。


「それがな聞いてくれよ、嬢ちゃん。何も言わずに家に押し掛けたらよ、まず最初にスザンナに怒られちまったんだよ」

「ええっ!?どうしてよ」

「来るなら来るってちゃんと連絡しなさい!いきなり来られてもおもてなしが全然できないじゃないの!ってな具合でさ。驚かすつもりだったんだがよ、逆に俺が肝を冷やしたぜ」


 すっげぇ迫力だった。

 そう言いながらお手上げのポーズを作ってみせる。

 そんなグレイブを見た後、フレイヤが俺に振り返ってきた。


「あんた。グレイブさんが帰ってきたこと、おじさんとおばさんに言ってなかったの?」

「俺、魔力の使い過ぎのせいで帰ってすぐ寝ちゃったんだ。だから、グレイブが父さん達となに話してたか、実は全然知らないんだ」

「いや、お前さんは寝てて正解だったかもな」


 すると、グレイブがそんな事を言いながら肩を竦める。


「大人の思い出話やら、町での生活だの、結婚の話だのは子供が聞いても面白くもなんともないだろからよ」

「そんなことないわよ。私は気になるわ!ねえ、グレイブさんはどこの町で兵士をしてるの?」


 フレイヤはグレイブの服の裾を引っ張りながら聞いていく。俺もそれを聞こうと思ったところだ。ナイス!


「そういや、フレイヤの嬢ちゃんにまだ言ってなかったな。サルマールって町だ。そこでエレブラッド領領主のアウグス・サルマール・エレブラッド侯爵の直属の兵として所属してるんだ」

「グレイブって領主様の兵士なのね!すごいわね!」

「だろう?俺はこう見えて意外と凄いんだ」


 グレイブはフレイヤにおだてられると、なぜか上腕二頭筋に力拳を作って凄さをアピールする。


「でも、兵士って実際になにしてるの?魔物の退治、とか?」


 領主の、って言うからには護衛とか屋敷の警備をしているのだろうが、ここは異世界だ。俺はバトルちっくなことを少し期待して聞いてみた。


「ああ、もちろん。要請に応じて魔物退治もするぞ!」


 おお!!やっぱり!まだ見ぬ世界にファンタジーありということか。そそる!!


「だが、それはほんの一例だ」

「ん?」


 しかし、そんな期待をする俺にグレイブは待ったをかけるように言ってきた。


「普段は町全体の兵士に指示を出したり、領地内の村や集落を定期的に調査して領民の暮らしに危険や不具合などがないかを見て行くんだ」

「危険と不具合って?」

「結界のことさ」


 俺とフレイヤは言われて空を見上げた。

 目を凝らすと透明で薄い膜のようなものが微かに見える。それはディアナス鉱山とレビオノス鉱山の頭頂部を軽く覆うほどの高さと大きさで、その外円は村からどれくらいの範囲まで広がっているのか、俺は正直知らなかった。普段、あまり気にしないしな。

 そんな俺たちの様子を見てグレイブはくすりと笑う。


「まあ、無理もない。俺もこの村を出るまでコレが普通だと思ってたからよ。サルマールの様な大きな町だったり、このディアナス村の様に特殊な場所には大型の結界【カルト・コア】が設置されている。それ以外の比較的小規模な村や集落の場合は大抵が小型の結界【リノカルト・コア】だ。農業、酪農といったある程度土地が必要な場所には、その区画にだけ中型の結界【ジノカルト・コア】ってのを別で用意することもある。つまり、他の町や村、集落は市壁を出た瞬間から結界の外になっている、ってのが一般的なんだ」


 ディアナス村の様に森も山も川も原っぱすら揃い踏みの場所と言うのはそうそう存在しないらしい。他の村などでは、安全な場所はここよりも限られているということだ。

 だからこそ、結界が維持できなくなるような危険がないか、装置に不具合がないかを定期的に見て回っているのだとグレイブは言った。


(結界が村や町ごとに張られているとは聞いていたけど、まさかそんな風になっていたとは知らなかったな)


 うんうん。話が聞けてよかった。じゃあ次は魔物退治の話も詳しく聞こうか。

 そう思ったところで、先ほどのグレイブが言っていた話題の内容を一つ思い出した。


「ところでグレイブ。結婚の話って?もしかして結婚報告?」

「ん?結婚?ああそれな」

「グレイブさん、結婚するんですか?」


 俺がデリカシーもなく率直に聞くとグレイブは意外にも淡白に相槌を打ち、そこにフレイヤが彼を見上げながら聞いていった。

 乙女な話題に興味がわくフレイヤに対して、しかし、グレイブは手を払うように振るとそれをあっさりと否定した。


「俺は結婚しねえよ。今のところ、だけどな」


 なんだか強がってるようにも聞こえるそのセリフに、俺が意味あり気な表情を向けるとグレイブはやれやれと肩を竦めた。


「いいか?都会には綺麗な奴や可愛いやつってのはいるが、心が澄んでいる奴ってのはほとんどいやしない。すると自然と自分に合う結婚相手がいなくなるんだよ。よく覚えておけ。嫁にもらうなら田舎娘がお勧めだ!」

「ははあ〜〜。肝に銘じさせてもらいますれば」

「まあ?お前さんにはそんな助言、不要かもしれないけどなあ〜〜〜」


 俺がなんとなく恭しくグレイブの言葉を頂戴すると、彼は口の端を吊り上げて言ってきた。すごくイラッとしたので、ふくらはぎに蹴りを入れてやった。

 そうして三人でわいわい雑談をしながらレビオノス鉱山の関門までやってきた。

 すると、そこに見慣れない老人が岩に腰を掛けて座っていた。


(誰だ?)


 俺が首を傾げていると、グレイブが駆け寄っていった。


「ベイナック村長。お待たせして申し訳ございません。コイツらを迎えにいっていたもので」

「構わないよ。この二人が君の言っていた子だね。ダイアスとザッカスの子だね」

「そうです。余計なことをさせない様にしますので、どうぞよろしくお願い致します」

「こちらこそよろしく頼むね」


 グレイブと老人が挨拶し合うと、その老人が俺とフレイヤの方へとやってきた。


「会うのは、これが初めてだね。私は村長のベイナック・フェルナンド。今日はこの廃鉱山の調査を手伝いに来た。よろしくね」

「ダイス・ガレンノートです。よろしくお願いします」

「フレイヤ・フーリスです。よろしくお願いします」


 微笑みかける様に自己紹介をしてきたベイナック村長に俺たちは緊張しながら挨拶を返すのだった。

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