あの時と同じ風
城下町の夜は汚濁した水で描かれている。流刑地である西部属州は、この世の汎ゆる悪と汚濁が積もる肥溜めであった。
路地裏で風がぼこぼこと唸る。丑三つ時にアラートが鳴る。狩りの時間がやってくる。包丁や肉たたきを持った健啖家たちが列をなす。蛮勇だった子どもたちが、金具でパスタにされていた。耳に障る叫びはこの上なく鬱陶しかったことをよく覚えている。
何年かぶりにフィネガンは西部属州にある故郷へやってきた。煤まみれの足下は何年経っても変わらない。空では煙が濃くなっていく。間もなく全て灰に覆われる。
「覚えのある風だな」
かつて健啖家から逃げ果せた子どもは、懐かしい風の臭いに目を細める。手には鉄の
懐からタバコを取り出し、杖に仕込んだライターで火を点ける。闇に似合わぬ芳香が彼の身体に振り撒かれていく。精神干渉を遮るものだ。
「西部属州はどこよりも自由だぜ。なんせ子どもも罪人の子。何人殺しても罪に問われねぇ」
話の途中で風が唸る。遠くから遊園地にありそうな華やかな音楽が響いてきた。無知な子の関心を引き、誘い出す軽快な音楽が。嘗ての友人たちも、多くがこの音に釣られて死んだ。
なお、奴らの公的な呼称を知ったのは最近のことである。
『罪深き夜食』──夜中に出歩く奴を食材に加工し、二週間に一度、ディナーパーティーを開く暇を持て余した金持ちども。華やかな音楽で子どもを釣って殺す。
今回はその一派、甘味派の殺処分が命じられた。ネズミが一匹、六課の屯所から高価な蜂蜜を盗んだためだ。
フィネガンはこれは好機と見るや急いで休暇届を記入した。そして強引に六課のチーフ、エヴリンの背を追ってきた。
あわよくば彼女にいいところでも見せてやろうと思ったが、それは太陽へ行くくらい無理がある。
「クマノ腕章! 六課ダっ! 六課がキィィ……」
路地裏にて夜食を求める者の頭が飛ぶ。
エヴリンは首無し死体を蹴飛ばし、頭の向こうにいた奴も叩き斬った。
骨と肉が絶たれ、血が舞う。小さな手に握られた
フィネガンは急いで耳栓を付けた。足元には発狂した子どもたちが手足を振って悶えている。時々踏まれても変わらない。
「六課っ、しカもアイつだっ! 化ケ物めッ」
「エヴァン、エヴァン! 俺の分も残しといてくれよっ、そのっ、せっかく子どもん時ぶりなのっ!」
フィネガンは杖で敵の鎖骨を殴った。内蔵された装置が作動し、振動し、何度も殴るうちに肉が爆ぜた。まだ十八人のうち三人しか倒していない。それもつまらない腰抜けばかり。
「四課のお前なら、部品拾いが優先だろ」
そしてフィネガンの声も虚しく、最後の一体が斬り裂かれた。
エヴリンはハンカチで返り血を拭き取り投げ捨てた。一方フィネガンは肉の絨毯と化した健啖家を観察する。そして金目のものや使えそうな金属を拾い上げていった。子どもたちは気絶したが、顔は蒼白し、泡を吹いている者もいる。朝になれば、清掃員がハンカチと一緒に片付けてくれる。
「通常の音楽は高揚感や幸福感をもたらすものだが、警戒時になると不快な音声になって精神的な負荷をもたらす。だが、食材の質が落ちるから普段は使いたがらないらしい」
「他にこの音を聞いた奴いるの?」
「ドリンク派からの情報だ」
エヴリン曰く、ドリンク派はとても協力的という。
夜食のカロリーを抑えるだけのことはある。
「気は晴れたか」
彼女は問う。晴れても何も、ほとんど彼女が倒している。
「どうせなら君にいいとこ見せたかったのに」
フィネガンは頬を膨らませた。
「それならもうたくさん見ている。だから四課に勧誘したんだが」
エヴリンは杖を指して言った。彼は何と返そうか逡巡したが、止めておいた。彼女はぐちぐち言われるのを好まないため、納得した旨だけ伝えておいた。
フィネガンはまっすぐ六課の屯所へ帰っていった。もうあの時と同じ風が吹くことはない。
その事実に彼は少しだけ安心した。
アンコール企画参加作品 水狗丸 @JuliusCinnabar
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