サメの筋肉
びゃくし
目指す先がある
走る。
いつものように近所を走る。
風を切り、荒い息を吐き、脚を動かす。
心臓は激しく脈打ち、熱い汗は身体を滴る。
思考は段々と前に進むことだけに集中していく。
走る。
ただ、ひたすら走る。
唐突だが俺はサメになりたいと願っている。
知ってるか? サメに骨はない。
正確には他のほとんどの魚とは異なり、全身の骨が柔らかいコラーゲン質の軟骨で構成された軟骨魚類に分類される。
他の硬骨魚類とは異なり、骨質の鰓蓋や硬い骨格をもたないが、動物の骨のように筋肉と接着して体を動かす役割を鱗のある皮で果たしている。
そして、最も重要なのはサメの筋肉のほとんどは骨格にさえ繋がっていないことだ。
身体の軟骨は柔らかく、硬い骨と比べて鋭利に曲がる強靭さを備えている。
そう、サメはさながら骨のない哺乳類。
なら成れるはずだ。
映画で、アニメで、小説で、町中で、何気ない会話の中だって登場する脅威の魚に。
「また、あいつ走りながらサメサメ言ってるぞ」
「あいつの弁当毎日サメ肉のステーキらしいぜ。……美味いのかな」
「いや、俺前食ったことあるけど、時間が経つと臭えんだよ。新鮮ならいいけど」
走る。
雑音を気にせず。
「……サメ美味いだろ。お前らも食えよ」
サメだ。
俺はサメになる。
走り去る俺に疑問の視線が突き刺さるがそんなものは関係ない。
「ハッ、ハッ、ハッ」
風を切る。
サメのような柔軟な筋肉で。
脚を振り上げ大地を五指で噛むように。
「……あいつが走るといつも地面に靴の跡がすごいんだよな」
「俺いつもグラウンド整備押し付けられるけどあいつが走ったところは抉れてて大変なんだ……どうして抉れるんだ?」
走り続けた俺が陸上の県大会で優勝したのはいうまでもない。
「でも俺はまだサメじゃない」
大会では運営委員から俺の走ったコースを怪訝な目で見られた。
曰く靴に仕掛けがあるんじゃないかって。
そんな訳ないだろ。
走る。
雑音を振り払って。
「俺は! サメに! なるぞーーーー!」
「こらッ、ダメよ。見ちゃダメ」
「ええ〜〜、でもあのお兄ちゃん、面白いよ」
「ダメなものはダメ!」
「なるぞーーーー!!」
サメの筋肉 びゃくし @Byakushi
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