【KAC20235筋肉】悪霊退散

ながる

寺生まれの

「悪霊退散! 悪霊退散!! 悪霊退散!!! 破ァ!!」


 目の前の、筋骨隆々なお坊さんが、汗と唾を飛ばしながら俺に手を突き出している。

 こんにちは。ハザマです。

 誰に話しかけてるのかって? 俺にもよくわからない。ただ、そのくらい現実逃避をしたくなったのだということは解ってほしい。

 隣に座っているオマエさん――なんか、もう呼び捨てでいい気もしてきたな――オマエ、も、さすがにちょっと引き気味にコトを見守っていた。

 なんだか自分だけスッキリした顔をして、お坊さんは次にオマエに的を絞った。「キィィィエェェェェイ!」なんて気合の声はしばらく耳の中でこだましている気がする。

 ここを紹介してくれた(思えば笑いをこらえていた気もする)同僚は「色々吹き飛ぶ」と言っていたけど、あれは物理的な話だったんだろうか。確かに筋肉逞しい腕でビシバシ背を叩かれれば、色々落ちる気もする。欝な気分や、夢見の悪さや、小銭も……ああ、転がっちゃって……なんかもう、俺はどうすればいいんだ……



 俺のうっかりか、オマエのちゃっかりか、うちで一緒に酒を飲んだ夜、彼は自分のことを少し話してくれた。妖怪とか、幽霊とか人じゃないものを食べるのだと、ちょっとにわかには信じられない類の話を。幽霊(のようなもの)が消えたのは、そのためだ、と。

 酔っぱらいつつ聞いたから、からかわれただけかもしれないし、なんなら途中で寝てしまった。

 起きてもまだいた彼に驚いたが、俺の周りにそういうのが集まりやすいようだから、時々行動を共にしたい、と言ってきた。半信半疑だったし、面倒臭そうだったので断ったら「そうですか」とあっさり引き下がったのだが。


「もう縁は結ばれてますので、困ったらお声がけください」


 出ていく直前、振り返ってそんな言葉を残していったので、俺は大いに不安になってしまった。俺が困ることを知ってるみたいじゃないか!

 気持ちを切り替えて出勤すれば、納戸整理を一緒にやった同僚が心配そうに近付いてきて、「生気がない」とか言いやがる。こいつはオカルトに傾倒しすぎてる気がするんだよな。確かに、田舎で他に興味引くこともないのかもしれないけれど。


 それで、「何か憑いているのかもしれない」などと西の山にあるお寺を紹介されたのだ。「『お伽堂』は出るらしいから何か連れ帰ってきたのかも」「何にもなくても元気注入になるから」「悪いモノも吹き飛ばしてくれますよ! 予約入れておきますから!」などとぐいぐい来られて、まあ、断り切れなくなった……のだ。

 この先まだ一緒に仕事をするわけだし、観光気分で行くのも悪くないかな、などと思った俺を張り倒したい。ついでに、オマエが悪いモノだったら一緒に吹き飛ばしてもらえるんだろうか、と考えたのも反省する。

 「後は引き受けますから!」と、終業前にタクシーを呼んで会社から追い出された時、待っていたかのようにオマエに会って、にやりと笑われた。


「今度はお寺ですか? 面白そうなので一緒に行きます。祓えるといいですねぇ」


 話を聞いていたかのような口ぶりに、さっさとタクシーに乗り込まれて断れもしなかった。

 それで、寺に着いたら門の前に仁王立ちした坊主が立っていたのである。


 * * *


「面白かったですねぇ。「筋肉は裏切らない」ですか、一理ありますね。何も考える暇もないくらい疲れて眠れば、夢も見なくなりますよ。筋トレでもしたらどうでしょう」

「別に、夢を見てるわけじゃ……もやっとした感じで、眠りが浅いってだけで」

「でもちょっとうなされてましたから、たぶん、段々と悪夢になっていきますよ」

「……は?」

「夢魔にちょっかいかけられてますから。食べましょうか?」


 真面目な顔で見上げられたので、少々戸惑ったが、別に信用してるわけでもない。


「また、そんなこと言って……からかうのはやめてくださいよ」

「そうですか」


 少し残念そうにしたものの、彼はじゃあ、と帰って行った。

 数日後、何かに追いかけられる夢を見始め、とうとう怪物にかみ殺されて飛び起きるようになった頃、深夜のコンビニでオマエに会った。買ったばかりのビールの缶を指差されて核心のこもった瞳で見上げてくる。


「食べますか?」


 半信半疑だ。でも、そろそろ仕事に支障が出始めてる。黙って頷けば、彼は嬉しそうにビールを持った俺の手を引いた。


「泊めてくださいね。ハザマさんが寝ていないと出てこないので」


 信じたくなかったのに、その夜からぱったりと悪夢は見なくなったのだった。

 俺は、この一見クールな優男をいつでも力ずくで追い出せるように、もしかして筋トレを始めるべきだろうか?




悪霊退散 終

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