新米魔女マジカル筋肉店長
波津井りく
本棚に並ぶは魔女の……
今は亡き祖母の残した書店を継ぎ、
黒い森の奥深くにある魔法の本を販売する書店の中で、私は今日も日課のウェイトリフティングに励んでる。
「フンッ! フンッ! フンッ!」
厳重に封印を施された祖母の日記帳の鍵は未だ開かない。そのままに保管してる。
店内にある本はだいぶ読み進めているけれど、鍵を解呪するには至らないのよね。
「ううん、かつての私の細腕では返り討ちにあったけれど、今日という今日はこじ開けてみせる!」
あの鍵を突破する為に、毎日欠かさず筋肉を育んで来たのよ。
本を読みながらじっくりスクワットし、本を読む合間に柔軟をし、本を読んだ後は必ずリフティングをし! 早寝早起きは筋肉の母!
粗食……基い、豆と燕麦の楚々としたお食事で作り上げたこの身体……今の私は、あの時とはバルクが違うわ!
「知性を蓄えながら磨いたこの腕が! 今こそ黒歴史を切り開く時!」
ガシィ! と日記帳に手をかけた。
渾身の気迫が目にも見えよう、血潮が熱く滾っている。自分でもそれが分かる。
今ならば行ける、そんな予感がするの。私、行っきまぁーす!
「マジカル! 筋肉! フンヌッ……シャアッオラアアアアアアアッ!」
唸れ筋肉! 爆ぜろ鍵穴! 我は求め訴えたりぃ────……!!!!!
「もう無理ィ……」
私、頑張ったけど駄目だったよ……
今日も床はひんやりと気持ちいい。アイシングは大事よ。
鍵は変わらずに鉄壁で、あらゆるパゥワーを寄せ付けなかった。
「おかしい、こんなに頑張ってるのに。どうしてほんのちょっとも開いてくれないのかしら」
いや本当は分かってるの。鍵を挿し込んで回せばいいのよね。
けど遺品を整理しても鍵が見当たらないんだもの。影も形も。
ただ、それらしいことは表題に書いてある。ヒントではなく、答えが直球に。
「……鍵穴には英知を嵌めよ、か」
日記帳を撫で、寝転んだままぐるりと天井を仰いだ。
この店にある魔法の本は全て、著者である魔女の名前が記されている。
彼女達が得意とした魔法と、それを生み出し、操るに至ったコツまでも丁寧に。
教本なのだと思ってたわ。最初はそれこそ、読者に教える為に書かれたのだろうと。
でも、それがおかしいことに気付いてしまった。
自分のノウハウを売り物にする魔女なんているのかしら。やっぱり不自然よね。
この店は何かがおかしい、魔法の本自体に少なくない秘密が隠されている気がする。
「邪推ならいいんだけど……」
魔法の本を読破するごとに違和感は膨れていて、私は恐らくなんらかの真相に近付きつつある。もう少しで掴めそうなものを掴み損ねたまま、指先は進む。
本に残された彼女達の足跡を辿り、どこかへと誘われている気がするのよね。
鬼が出るか蛇が出るか……なんて言い回しをかつての勇者が残したらしいけど、言い得て妙だわ。
「大事なのは、鬼が出ようと蛇が出ようと、退ける力よね!」
──すなわち筋肉! 筋肉を磨くっきゃねえ!
と立ち直りかけた私の視界の端に、全敗中の日記帳が映った。
マジカルな筋肉にビクともしない強敵が現実を突き付けて来る。
そうね、確かにね、マジカルな筋肉だけじゃあなたには勝てない。
魔法を解くのは魔法よね……くっ、筋肉じゃない……なんて……っ!
「ならもう魔法で筋肉を作って身に付ければよくない? 筋肉(魔法)、筋肉(筋肉)の夢のマッスルコラボすればよくない?」
私は天才的な閃きを得た。そうだ、魔法も筋肉になれ! と。
「筋肉は全てを解決する! これが、これこそがっ……真理……!」
起き上がり拳を握る私の目にはもう、迷いの霧を晴らす一筋の光が見えていた。
物理と魔法が合わさることで最強に見える。筋肉を慈しむように魔法を育もう。
私は速やかにダンベル片手に本棚へ足を運び、未読の本を手に取った。
「お前も筋肉にしてやろう。我が血肉となるがよい」
覇王の気分でする読書は贅沢感があってお勧めよ。私はよくやる。
「店の本を完全読破したら私もお婆ちゃんみたいに、この店を開けてみようかしら。私が店長かー……いいかも!」
お客さんが来たらきっと、あなたがここの店主……森の魔女ですか?
なんて訊かれたりするのよ。その時の為に名乗りを決めておかないとね。
──新米魔女のマジカル筋肉店長ですが何か? ってどお?
新米魔女マジカル筋肉店長 波津井りく @11ecrit
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