筋肉はじめました

@aqualord

筋肉はじめました

「筋肉はじめました」


出張で通りがかった店の店先に貼られた張り紙を見て、私はのけぞった。

どう見てもうどん屋である。入り口に掲げられた看板にも暖簾にも、うどん屋らしい字体で、「味自慢 うどん」と書いてある。

であれば、はじめていいのは、そうめんや冷や麦あたりまでなのじゃなかろうか。


うどん屋で筋肉をはじめるとは、一体何事であろうか。


手打ちうどんのコシをより一層だすために、店主が筋トレを始めたのだろうか。


あるいは、筋肉もりもりの従業員を雇い入れ、筋肉コンセプトカフェならぬ筋肉コンセプトうどん屋を始めたというのだろうか。

たしかに、ここの市くらいの都市ならうどん屋さんは何軒もあるだろう。そのなかで差別化するのに筋肉コンセプトうどん屋というのは…ないな。ない。

そんなことをすれば、大事な地元の常連さんは逃げ出すだろう。


入店したらマッチョの店員が、フロントダブルバイセップスやアブドミナルアンドサイのポージングを決め、あの独特の笑顔で「いらっしゃいませ」とやったら、おじいちゃんおばあちゃんは腰を抜かすだろう。

何回か来店すれば慣れると思うが、その前に来なくなるのが目に見えている。


あるいは、筋肉がないと食べられないくらい硬めのうどん、ラーメンでいう「ばり硬」や「粉落とし」のようなものをうどん用語で「筋肉」と呼んでいるのかも知れない。

ラーメンでも「針金」という呼び方があるのだし、うどんのような広い人気を誇る国民食ならば特有のマニア用語があってもおかしくはない。


あるいは、味噌煮込みうどんのようなこの地方特有のうどんかもしれない。


想像は果てしなく広がり、我慢できなくなってしまった。


あとは実食あるのみ。


私は暖簾を格好良く跳ね上げ入店しながら。


「筋肉ください。」


と呼ばわった。店主の怪訝な表情に気付くこともなく。


出てきたのは、ごく普通においしい「すじ肉うどん」だった。

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