怪物の夢

百舌すえひろ

怪物の夢

 ヴィクター・フランケンシュタイン博士は、一体の不死身の怪物を創り上げました。

その怪物を創るにあたって、博士は墓場から新鮮な死体を掘り起こし、死んだ人間の使える部位だけを繋ぎ合わせたものでした。

そのため怪物の外見や中身はつぎはぎだらけでした。


電流を流され目覚めた怪物は、毎晩おかしな夢にうなされるようになりました。


*


「やい、このろくでなしの不精ぶしょうもの!」

怪物の右の上腕三頭筋じょうわんさんとうきんが跳ね上がり、彼のみぞおちに肘鉄ひじてつを喰らわせようと迫ってきました。


 左の上腕二頭筋じょうわんにとうきんが、みぞおちのそばで話しかけてきます。

「ぼくたちは重い荷物を持ったり、ノコギリをひいたり、船のいでたんだぞ。夕方にはパンパンに腫れ上がり、切り傷まみれで、関節は痛み放題だ。その間、おまえはじっとそこにいて、食い物をむさぼってるだけじゃないか」

両腕は怪物のみぞおち、胃袋に言っているようでした。


「そうだ!」両脚の大腿二頭筋だいたいにとうきんが叫びました。

「やい胃袋! おまえには階段や、長い山道を行ったり来たりして、乳酸にゅうさんが溜まってガチガチに固まる痛みがわからないだろう。おまえはただ、与えられた食い物を詰め込んでいるだけだからな。食い意地の張った豚野郎! おまえが詰め込んだ分だけ、おれたちに重く圧し掛かるんだぞ!」


「本当よっ!」

口の中にいた舌の内舌筋ないぜつきん外舌筋がいぜつきんあご咀嚼筋そしゃくきん愚痴ぐちをこぼしました。

「ちょっと胃袋! あなたが食べてる物は、どこから来てると思ってるの? 噛んで飲み下してあげてるのは私たちよ。やっと仕事が終わる頃には、あんたが全部取り込んでる。これ、不公平じゃない?」


「わしもいいかい?」と、脳が声をかけました。

「わしはな胃袋、おまえが次に食べる物をどこから手に入れるか考えなくてはいけないんだ。毎日頭を悩ましてるおかげで、眼輪筋がんりんきんは凝って目はしばしばするし、側頭筋そくとうきんはひきつる。肩の僧帽筋そうぼうきんは凝りっぱなしで血行も悪い。まったく酷いもんだ。どんなに苦しんで答えを出しても、お前からは何ひとつ貰えた試しがないんだがね」


そうこうして身体の部位たちが、胃袋への不平不満を一斉に言い出しました。

しかし、みぞおちに収まっている胃袋は黙っているだけでした。


 最後に、脳が身体全体に告げました。

「いいかみんな! 胃袋のために働くのをやめよう! 新しい身体になったのに、また『ただ乗り野郎フリーライダー』に美味しいとこ取りさせてたまるか!」

他の部位も賛成しました。

「体重を増やすことしか能のないおまえに、おれたちがどれほど重要な器官なのか教えてやる、豚野郎! 少しは自分で働いてみろ!」


 そうして、全身の部位たちは働くのをやめました。

手は物を持ち上げたり運ぶことをいっさい拒否し、足は歩くことを拒否しました。

口はひと口も飲み込まず、脳は動いてなるものか、と眠ったような状態になりました。


胃袋は最初、空腹時のように、少しゴロゴロとうなりました。

しかし、しばらくすると静かになりました。


 夢を見ていた怪物は、自分の身体が動けなくなっていることに気づきました。

何も手でつかめず、口を開けることさえできません。

食事も取れていないのに、身体が少し重くなった気がしました。


 夢は何日も続きました。

一日過ぎるたびに、怪物はどんどん具合が悪くなりました。

その間、手と足と口と脳はただそこに横たわり、だんだん弱っていきました。

最初はときどき胃袋をあざけては、自分たちを奮い立たせていましたが、しばらくするとそんな元気もなくなりました。


 とうとう、左脚の大腿四頭筋だいたいしとうきんから、かすかな声が聞こえてきました。「おれたちが間違っていたんじゃなかろうか」

ふくらはぎの腓腹筋ひふくきんも同調しました。

「胃袋は、やつなりのやり方で、ずっと働いていたんじゃないか」


「わしもちょうどそれを考えていた」脳がつぶやきました。

「やつが食い物を全部食べちまっていたのは本当だ。だが、そのほとんどを、わしたちに戻してくれていたように思う」


「私たち、間違いを認めたほうがいいかしら」

口まわりの口輪筋こうりんきん下唇下制筋かしんかせいきんも言いました。

「胃袋には、私たち手や足や脳や口と同じぐらいの仕事があるんだわ」


脳が小さく指示しました。

「……みんな、仕事にもどろう」


*


 怪物は目を覚ましました。

彼が眠っている間、何度も心肺停止しそうになっていたと、フランケンシュタイン博士が青ざめた顔で語り掛けました。


怪物は自分の足が動くことを確認して、ほっとしました。

手はつかむことができますし、口は噛むことができます。

脳も霧が晴れたように鮮明に物を見て、考えられます。


「ああ、あの夢は俺の部位たちの叫びだったのか」

何日かぶりの朝食を食べたあと、満たされた胃袋のあるあたりを怪物は愛おしそうに撫でました。


「彼らがあのまま切り捨てていたら、みんな駄目になるところだった。一見なんの働きもしてなさそうでも、実際は役に立ってるということか」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

怪物の夢 百舌すえひろ @gaku_seji

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ