ぶん殴って解決してくれるタイプのゴスロリ魔法少女

葉霜雁景

アリスちゃん

 カツンと気持ちのいい靴音を響かせて、ふわりとスカートを波打たせて、こてんと首を傾げる。


「あら……折角こんなに良い夜のなのに」


 まっすぐ伸びた黒髪が、ほんのささやかな音を立てるのを聞きながら、落ち着いた声でおしとやかな言葉をなぞる。夜にも関わらず日傘を下に向けて閉じて……はい、めっちゃ理想的なゴスロリお嬢様タイム終了。完璧にできてたかな? できてるといいなぁ。


「まあ、あなたには分からないよね」


 昼は平和、夜も平和な公園の中、のそのそさまよう影に零す。お皿に開けたゼリーが動いてるみたいなそれは、両腕みたいなものを生やして、あたしの方に伸ばし始める。ちょっと可愛いかもしんない。


『つらいよう』『いやだよう』『かなしいよう』『どうでもいいよう』『ほうっといてよう』


 のっぺらぼうは変わらないけど、声が聞こえてくる。この真っ黒いデカブツを作る、人の色んな負の感情。出したくても出せなくて、だから消すこともできなくて、こうして独り歩きし始めてしまう。

 人は案外、言葉を外に出さないと知ったのは、わりと早い段階だった気がする。あたしは大っぴらに言いまくるし、好きなように生きていたいから、勝手に生きているけれど。他の人たちはどうやら、そうじゃないらしい。


『さびしいよう』


 そんな簡単な一言すら、零せないらしい。

 いやマジで許せんなそれは。言えってんだバーカ、あたしが手ぇ掴んで引っ張り上げてやるっつーの。


「あー、ほんっと! みんなもっと正直に生きなよねー!」


 閉じた日傘が、ガサツなあたしにお似合いの武器に変わっていく。マンガまたはアニメかよってくらいでっかくて、アンバランスなハンマーに。


「っしゃあ! ぶちかましてやらぁ!」


 服には似合わない、あたしが思ったままの言葉を叫んで、構えたハンマーをフルスイング。何か柔らかい手応えがあったのち、黒いゼリーはぽんっと弾けて、金平糖みたいに細かくなって、ぱらぱら地面に落ちていった。


『今日もお疲れ様ですの〜! お陰様で、たくさんの方の暗い気持ちが晴れ渡ったと思いますの!』


 これまたぽんっと音を立てて、付けていたブローチがウサギっぽいゆるキャラ生命体に変わる。あたしとペアルックっぽいヘッドドレスとジャンパースカートを着たその子は、すんごく可愛い声で喜びながら、金平糖を集め始めていた。

 ぴょんぴょんしてんのも可愛いけど、やっぱ声がめちゃくちゃ可愛い。好きな声優さんに似てるし、お嬢様キャラっぽい話し方してくれるし、ほんと可愛いなフェリシテちゃんは。


『……、? どうしましたの、アリス。いつもなら喜んでくださるのに』

「ん、ごめん。聞いてたよ、ありがとうフェリちゃん」


 ハンマーが日傘に戻ったから、また差しておく。一応、人に顔を見られないためだ。まあゴスロリってだけで目立つし、本当のあたしとは顔も体格もまるで違うから、九割あたしの欲望だけど。

 あたしはいわゆる「魔法少女」というやつで、フェリシテちゃんは別世界からやって来たお助けキャラクター。日曜朝またはド深夜のアニメでしか拝めなかった設定が、あたしを超理想ゴスロリお嬢様に仕立て上げてくれたのは、一ヶ月くらい前の話だ。

 何でもフェリシテちゃん、略してフェリちゃんの世界から、人間世界へ悪さをしに来た人たちがいるらしい。こんな可愛い姿で警察的な立場にあるフェリちゃんは、悪者を捕まえるべくやって来たのだけれど、人間の負の感情を集めて作られた未知の怪物になす術なく倒れてしまった……というところをあたしが助けて、何やかんやあって今に至る。


『もしかして、またご自分のこと可愛くないと思いました?』

「ううん回想シーンをちょっと……あ、可愛くないとは思うことあるけど、あたしはこれでいいじゃんって感じだからさ。心配することないよ」


 にっ、と笑ってみせると、フェリちゃんも笑ってくれた。くっそ可愛い写真撮ってSNS……はまずい。もっと狭い交友グループに貼り付けて自慢してぇ〜、無理だけど。

 あたしはサブカルに片足を突っ込んでるけど、運動も大好きだったから、学校の部活も陸上部に入っている。お陰で、こういうロリータ系お洋服が似合わない筋肉質系女子になっちゃったけど、そんなあたしも嫌いじゃない。むしろかっけー体になっちまったなと思う。フェリちゃんと契約して始めた魔法少女業も、フィジカルが底上げされるとはいえ、あたしの素質が反映されるし。


「へへ。ありがとうねフェリちゃん。あたしの夢を叶えてくれて」

『あらあら、アリスは急にお礼を言ってくださるから照れちゃいますわ〜。こちらこそありがとうございます、ですの。あなたのお陰で、この世界の方々のお気持ちを、軽くしてさしあげられるのですから』

「そうかな。あたし、話して解決できないことを抱えてる人見ると、あーもう! ってなっちゃうからさ。これも結構……手荒? じゃない?」

『でもアリスは、そうやって誰かを助ける人なのですわ。私も助けていただきましたし、とっても素敵な素質、才能でしてよ』


 えへへ、そうだと良いな。めっちゃ嬉しい。

 あたしは悩むタチじゃないから、悩みを誰かに打ち明けられない人の気持ちを、優しく理解してあげるってことができない。できる人はガチですげーと思うし、あたしがそういう人だったら良かったのにって思ったこともある。

 けど、あたしはあたしだから。思いっきりハンマーをフルスイングして、どこかの誰かの悩みをぶん殴って、ぶっ壊して、そういうのを勝手にやるしかできない。そういうことができる自分を、好きだって思う。


『さ、アリス。お家へ帰りましょう。今日はもう反応も見当たらないし、明日に障ってしまいますわ』

「だね。フェリちゃん抱っこして帰っていい? もうちょいお話しようよ」

『ええ、もちろん』


 お話って名目の、お嬢様キャラっぽい話し方練習でもあるけど。

 内側に星空を描いている日傘の下、素敵なゴスロリお嬢様と、素敵な赤目の白ウサギが笑い合う。あたしからしたら最高の絵面だ。外見と内面、二重の意味で。

 いつか、解けてしまう魔法ありきの時間だけど。終わるって分かってるなら、「あーこうしときゃ良かったー!」ってならないよう、たくさん良いことして、たくさん楽しむべきだよね!

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ぶん殴って解決してくれるタイプのゴスロリ魔法少女 葉霜雁景 @skhb-3725

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