ボディビル大会のボディビルダーに悪霊が!

春海水亭

悪霊に取り憑かれて眠れない日もあっただろう!

「うわあああああああああ!!!!!肩にでっかい悪霊のっけてんのかい!?」

 事件は某県ボディビル大会、決勝審査フリーポーズ時、十三番がモストマスキュラーポーズを取った時に起こった。


 モストマスキュラーポーズとはなにか、目に見えぬものを力強く抱くかのように拳を握った両腕を突き出し、特に上半身の筋肉をアピールするポーズである。よくわからない場合は画像検索をするか、友達のボディビルダーにお願いしてみよう。友達にボディビルダーがいない場合は――なるしかないでしょうね、貴方が。勿論、ボディビルには女性部門もあるので、ご安心していただきたい。 


 普段ならばこの大会のために仕上げた、体脂肪率を極限まで減らした純粋なる筋肉の金剛石とも言うべき至上の肉体に対する称賛の声(ボディビル大会のユーモラスな掛け声を紹介するメディアもよくあるが、その言葉はウケ狙いではない。極まった肉体美を称賛するために、鑑賞者もまた詩人にならなければならないのだ)だけが飛ぶはずだったのだが、この日は違った。


「十三番!お肉でっかすぎて悪霊を運搬する人間トラックになってるよ!」

「筋肉ブチギレてるよ!!悪霊もブチギレてるよ!!!」

「この日を迎えるまでに悪夢で眠れない夜もあったんじゃないかい!?」


 観客が十三番におぶさる血まみれの悪霊の姿を見てしまったのだ。

 黒鉄のように仕上げた黒く無駄がなく、ただ肥大した力だけがある肉体とは対象的な、どこかユーモラスな笑みで白い歯を見せる十三番もこれには動じざるを得なかった。


(お客さんの視線が悪霊にいっている!)


 十三番に悪霊に憑かれるような心当たりはない。

 だが、最近――トレーニング中にやたらと重量感を感じると思ってはいた。

 まさか、悪霊に憑かれていたとは。

 本来ならば念仏の一つも唱えるところなのだが、ボディビル大会中の選手は沈黙が基本である。目は口ほどに物を言う――ならば、眼筋の数百数千倍はあるであろう全身の筋肉は口を超えて上沼恵美子おしゃべりである。ボディビル大会の結果は鍛え上げた筋肉だけが語るのだ。

 だが、このときばかりは筋肉以上に悪霊が明石家さんまおしゃべりであった。


「悪霊血塗れだよ!」

「ボディビル大会に恐怖が降臨してるよ!」

「死後も晴れぬ恨みを抱えたままどれほどの夜を過ごして来たんだい!?」


(こんな……こんなことがあっていいはずがない!俺は悪霊をステージに上げるためにこの筋肉を鍛えてきたわけじゃない!!こんなの、全てのボディビルダーと筋肉に対する冒涜だ……っ!だが……!!)


 まな板の上の鯉に対抗して、フリーポーズのボディビルダーということわざを思いついたので、そういうことわざがあるとしておこう。

 十三番はまさにフリーポーズのボディビルダーであった。

 フリーポーズの際、ボディビルダーは壇上に一人で上がり次々に自身の肉体美を披露していく。だが、フリーポーズのボディビルダーに出来ることはポージングを変えることだけである。 


(如何なるポージングをとっても悪霊のインパクトに勝てない……!!俺は……鍛えてすらいない悪霊に負けてしまうのか……)

 十三番の心が折れかけたその時である。

(馬鹿野郎!!)

 次のフリーポーズに備えて舞台袖に控えていた二十八番が、十三番にダブルバイセップスで筋肉テレパシーを送る。

 筋肉は口を超えて上沼恵美子おしゃべりである、ならば筋肉と筋肉が無言でしゃべくり漫才語り合うことも十分に起こりうるだろう。


(二十八番!!)

(馬鹿野郎!!お前馬鹿野郎!!それは違うだろ馬鹿野郎!!十三番この野郎!!)

(そうだ、たしかにそれは違う……!!)


 二十八番のダブルバイセップスに、十三番の折れかけた心が超回復を起こす。

 肉体は悪霊のために鍛えたわけではない、肉体のために鍛えたのだ。

 むしろ悪霊を自分のポージングのために利用するぐらいのガッツを見せろ。

 二十八番は同じ大会で競い合う好敵手であるが、同じ筋肉を愛した友である。メッセージはたしかに受け取った。


 十三番は本来予定していたポージングを変更して、悪霊の頭と両足を引っ掴んだ。


「ああーっ!」

「見えてるよ!努力の日々!」


 そして悪霊をバーベルのように担いでスクワットし、腰を落としたところで停止して満面の笑み。


「完全に悪霊喰ってるよ!」

「その割れた腹筋にペタペタ御札貼りたいよ!!」

「悪霊の苦しみもその身体を作り上げる苦しみに比べればなんてこともないんだろ!?」


 そして、悪霊を脇に挟んでサイドチェスト。白い歯でスマイル!ワンモア!


「筋肉除霊!」

「筋肉事故物件誕生!」

「マッスルキャッスルの家賃はいくらなんだい!?」


 審査時間終了!十三番は悪霊を脇で締め上げまま、舞台を二十八番へと譲る。

 悪霊を退治したからといって審査に有利になるわけではない。

 だが、悪霊がいるからと言って、鍛え上げた求道者の戦いを邪魔できるはずがない!


 マッスル様のお通りだ!悪霊!不景気!道開けな!

 今年の筋肉も豊作だぁ!!


【終わり】

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ボディビル大会のボディビルダーに悪霊が! 春海水亭 @teasugar3g

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ