第32話 異世界に転移して一年たった


 夫が死んで一年たったと実感したのは、夫の友人達からの連絡だった。

 年を越してしばらくしてから、「命日あたりにお線香をあげに行って良いか」と(実際はもっと丁寧な文面で)、お伺いがあった。

 あまり命日を意識しないようにしていた私だったけれど、もう逃げようがなく観念して「どうぞ、あげに来てください」と返した。

 ちなみに、お義父さんからはまったく何もなかった。たぶん自身の体調が悪くてそれどころではなかったんだと思う。

 あの日から一年が経つ。感慨深いものだった。

 線香をあげに来た夫の友人達は、通夜の夜に最後まで残っていた三人だった。変わらない顔ぶれに安堵した。

 友人の一人が「いつの間にか一年たってたなぁ」と言って、私は「長かったですよ…」と苦笑いした。

 本当に、体感三年分くらいの長さだった。いつまで続くんだ、と、何度も思った一年だった。

 別の友人は年越しの後、すごく寂しくなってしまったらしい。「アイツから電話がもうかかってこないってのがねー…」と。

 彼は毎年、決まって二月に夫と食事に行く人だった。というか、年がら年中、夫と連絡を取りあっている仲だった。

 一年前も夫と直近で電話していた人。本当に寂しそうだった。

 三人ともしみじみと夫を想って線香をあげてくれた。

 同時に私と子供を気にかけてくれ、近況を報告しあった。

 で、私の逞しさに少々驚いたようだ。どうにも頼りなく思われていたらしい。

 自分自身、ここまで踏ん張れる人間だとは思っていなかった。

 この一年、私は実家の助けもなく、むしろお義父さんの手助けをしながら、子供との生活を維持することに成功した。

 頑張った。頑張ってきたって思える一年だった。

 あと六年、と、ちらっと思う。

 子供さえ無事に育ってくれたら、それでいいから。

 他のことは、もう何にも願いません。分不相応な希望も抱かないつもりです。だからお願いです、と、神様に祈った。

 願いを聞き届けてくれなかったことだって、恨んでない。もともと無理な願いだし。

 でも、叶うなら。謙虚に善良に生きるし、努力もするから。せめて子供だけは、って祈る。

 夫の遺影にはお願いしない。何か、あの人に祈るのは違う気がして。

 言葉にできないズシッとした重みが夫の遺影にはあって、何でか知らないけれど、私は遺骨の箱を撫でたりポンポンと叩いたりすることが多かった。

 友人三人が帰った後も、遺骨に「来てくれて良かったね。会えて嬉しいよね」と話した。

 まだ一年、なのか、もう一年、なのか。

 どちらにせよ、この先は長そうだ、と、夫の前でぼんやりと思った。

 









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アラフォーパート主婦、どうやら異世界転移したらしい 丘月文 @okatuki

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