第34話 魔鉱石獣


「カポッとな」


蒼緑の魔鉱石が嵌め込まれた。


途端、仰向けだった猫はまるで眠りから目覚めたかのように起き上がり、のびをして、

『ニャアン』と鳴いた。


動きは滑らかで、自身の尻尾を気にする様子も、毛を舐めて繕う様子も猫そのものだ。

しかし、耳を澄ませると内部の部品が軋むような小さな音がする。

これはロボットだ――、と榮太郎は思った。動力源は電気ではなく魔力。

そして、榮太郎が見たことのあるどれよりも精巧だ。

手乗りのキツネ然り、コックのクマ然り。言われなければそんな可能性にも思い至らないほど自然な動きをしていた。


シャルメルがスッと手を伸ばすと、猫は身を逸らし、テトテトとどこかへ歩き去ってしまった。


「ふふん、どうやら気位の高い性格になったらしいな。

さて――、ワシはこれらを『魔鉱石獣ジュエペト』と呼んどる。作り物の外皮に、機械式の骨格、魔法を流す回路。動力源となる魔鉱石をはめると、勝手に動き出す。自分の意思で、各々の性格で、あたかも生きているかのようにな……。しかし」


シャルメルはそこで一度言葉を切り、榮太郎を見上げてニカっと笑った。


「正直、なぜこうなるのか分からんのじゃい」


「えっ」


「何でか知らんが一人でに動く、としか言いようがない。そもそもワシ以外の技師に見せたこともないっちゅうか、ぶっちゃけ法に触れかねんくてのう。モグリと言ったじゃろう? ワシがやっとることは邪道外法の類でなあ」


「ど、どういうことですか?」


榮太郎が問うと、背後のノワールが答えた。


「馬車でも説明した通り、シャルメル様は感覚派の天才だ。無論、組み立てにも緻密な技術が必要で、おいそれと真似できるものではないが、その上でこの『魔鉱石獣ジュエペト』という技術は説明することができない。作り物の体がなぜ動き、意思や感情を持っているのか、まったくもって不明。同じことを再現した者もいないんだ」


「はっは! 設計図もあるのに原理が分からんのじゃから不思議なもんよ。これで特許でも取れば大金持ちになれるかもしれんが、待っているのはおそらく大罪人の称号であろうな」


あっけらかんと笑うシャルメルに、榮太郎は尋ねる。


「何故、罪に問われる可能性があるんですか? 僕たちの世界にも、技術的に解明されていないことは山ほどあります。その発見自体が偉大なことだと思いますが」


「命を生み出している、とも取れるじゃろう?」


「――――」


その端的な答えに、榮太郎は鋭く胸を刺されたような思いがした。

そして、それは確かに、榮太郎たちの世界でも危険視されている問題だった。ロボットやAI。それらの技術が発展し、やがて意思や感情を持つようになれば、それは命と呼ぶべきなのかという……。


「倫理的にグレーゾーンというやつじゃ。幸いというべきかなんと言うべきか、『魔鉱石獣ジュエペト』となりうるのは言葉を持たぬ動物だけ。あくまでだけかもしれん。今までは、それを確かめる術がなかったからのう」


「なるほど……」


「いやいや、なるほどじゃないわい」


「えっ」


キョトン顔の榮太郎へ、シャルメルから呆れたような表情が向けられる。


「今までは、確かめる術がなかったから、じゃ」


「…………」


シャルメルが一度言ったセリフを、強調しながら言い直す。

しばらく考えてから、やっと意味がわかった。


「――あ、ああっ! そういうことですか?! それで僕ここに連れてこられたんですか」


「そう、『魔鉱石獣ジュエペト』の謎が、エータロー君の精霊の力で分かるかもしれないと思ったんだよ」


精霊の力とは、一般的に体系化された魔術とは違う、ただ一人だけが持つ特別な魔法。

榮太郎で言うと、イワミミズクたちと意思疎通をした時の能力のことである。


シャルメルに話を伺うだけなら、無理に榮太郎を連れてくる必要はないような気がしていたが、これもまた一つの用件だったわけだ。


『キュ』


そこで、いつから潜んでいたのか――、

シャルメルの袖口から手乗りキツネが顔を出し、足をつたって榮太郎の体に登ってくる。


「うわ、とっと……」


肩に乗っかると、やはり重みがある。

この小さな体の中にも、複雑な機構が詰まっているからだろう。


『キュゥ』


「…………」


榮太郎とキツネは見つめ合う形になった。

その様子を興味深げに眺めるシャルメルとノワール。


「はっは、なかなかに緊張するもんじゃのう。もし『魔鉱石獣ジュエペト』と会話が出実現すれば、長年の研究にとっても大いなる進歩になるわけじゃ。……あっ、でもワシの恥ずかしい日常秘話とかを話されたらやばいんじゃが。風呂上がりに裸で踊っとることとか」


「語るに落ちておられますよ、シャルメル様」


「しまった!」


「……しかし、どうでしょう。エータロー君は魔法に目覚めてあまりにも日が浅く、精霊魔術もまだ途上のようですから」


「イワミミズク達の住処の問題を見事治めてみせたんじゃろう? だとすれば、見込みは十分あると思うがの」


期待の視線を背後に感じて、どうもやりにくい。

ノワールの言う通り、榮太郎の精霊魔術は発展途上。榮太郎本人としても『なんとなくそう言っている気がする』という領域を出ないのだ。天才技師シャルメルの研究の核心に迫るなどという、そんなご大層な役目を負うには力不足だと思うのだが。


『キュウン』


まるで急かすように、耳元でキツネが鳴く。

改めて見ると、確かに生き物の瞳ではない。綺麗に球形に切り出された高純度の魔鉱石――、そこから生き物らしい感情は読み取れず、ただ淡くゆらめいているだけだ。


「ええと、こんにちは……。お名前は?」


『キュッ!』





藤見岳総合学習センターの駐車場から歩いてすぐにあるキャンプ場は、橋月高校の生徒でいっぱいになっていた。


コンクリートの釜戸を1班ひとつ使い、それぞれのオリジナルカレーを作る。

具材の調達と、調理器具の用意と、作業の分担。ただのカレー作りでも、複数人で行おうとすると何かとトラブルが付きまとう。

例えば、どこかで米が焦げたり、誰かが指を切ったり。


あるいは。


つまずいて、食材を落としたり。


ガッ、ビチャッ!


「――――っ」


「あっ!!!!」


双葉がこけた音よりも、その大きな声で、皆が一斉に振り向いた。

直後、騒がしかったキャンプ場が嘘みたいに静まり返る。


双葉は、地面に散らばって砂まみれになった牛肉を見つめて、しばらく固まってしまった。そして、勢いよく地面についた手のひらからじんわりと何かが流れるのを感じて、


(あーあ……)


と思った。


最悪だ。

せめて穏便に、波風立てず、静かにやり過ごそうと思った矢先にこれだ。

自分自身が嫌になる。

足元を見る。どこに蹴つまずいたのかはわからないが、屋外だから当然、地面のあちこちがデコボコとしていた。


(気をつけて歩いてたはずなのに)


今更そう思っても、こけてしまったら仕方ない。

しかも、今からカレーに入れるはずの牛肉を台無しにしてしまっては。

他クラスの生徒までが、双葉に哀れみの視線を向けていた。哀れみというよりも呆れという方が近いかもしれない。

あるいは、楽しい林間学校を地獄の空気にしやがって――、という怒りか。


双葉はどんな罵声が聞こえてくるか怖くて、立ちあがろうにも立ち上がれなかった。

骨折とか、もっと派手な怪我なら帰る理由になるかもしれないとさえ思った。今からでも大袈裟に痛がったら間に合うだろうか。それでも自業自得という感は否めないだろうが、この場を速やかに去ることは出来る……、と。


しかし、かけられた第一声は全く予想外なものだった。


「ちょ、佐々木大丈夫!? うっわ、怪我してんじゃん!!」


「?!」


そう言って駆け寄ってきたのは、同じ班の鷺沼光莉だ。

彼女は見たことがないほど真剣な表情を浮かべ、双葉の手の平を濡れティッシュで拭くと、ポケットから絆創膏を取り出して、手際よく貼る。


双葉は目の前で、彼女の灰色のメッシュが揺れるのを、ポカンとしたまま眺めていた。


「いたそー……。気をつけなよ、マジ。傷残らないといいけど」


「――――、っ、あの、ごめん……」


「ん?」


「え、だって、お肉落としちゃって」


「あー!! いいって、いいって! むしろオツじゃん? 肉なしカレーとか。どこの班とも被んないし、マジオリジナルカレーじゃん? ねぇ?」


鷺沼光莉が振り返り、同班メンバーへ同意を求めた。

田沼咲希、富房あいは顔を見合わせた後、アハハと明るく笑う。


「まぁ、野菜だけってヘルシーかもだしねぇ。最近うちお腹の肉やばいしぃ」


「ドンマイドンマイ、気にすんなし」


光莉は「ほら、片付けよ」と言って、双葉の肩を叩いた。


双葉は何が何だかよく分からなかった。

ただ促されるままに落ちた食材を拾い集める。


他の生徒たちはその様子を眺めて、驚いたような視線を向けていた。

クラスのカースト上位の女子たちの班に、よりにもよって佐々木双葉が組み込まれ、昼食のカレーの具材を台無しにしたのだ。

本来であれば格好の口撃の的であるはずなのに。


それまで、あからさまに蚊帳の外にしていたのに――、と。


しかし鷺沼たちは健気に双葉の心配をし、笑ってフォローをしている。

争いが起こらないならばそれに越したことはないという結論に至った傍観者たちは、それで何ごとかを囁きあいながら、作業へと戻っていった。


ただ一人、山田壱花だけが睨むような視線を向けていたが。



やがて、カレーが出来上がった。

肉が入っていないこと以外は何の問題もないカレーだった。

全体へ向けて教師が言う。


「カレーの完成した班から好きな場所を選び、レジャーシートを敷いて、昼食をとるように」


双葉たちの班は、森の入り口間際の日陰に場所をとった。


「ここ涼しいね。風気持ちいし」


「よきよき〜」


田沼咲希、冨坊あいがレジャーシートを広げている。

双葉が全員分の荷物を運んでくると、「あぁす〜」と返事が返ってきた。雰囲気はやはり和やかだ。もちろん、会話の輪の中に入るわけではないし、居辛さは依然としてあるものの、無理に疎外されるということはない。

先ほどバッグをぶつけられたと思ったのも、ひょっとすると気のせいだったのだろうか――、と双葉は思い始めていた。


思えば、彼女たちと明確に揉めたのはかなり前の話である。

ずっと心に刺さったままだと思っていた氷の棘が溶け始めても、おかしくはない時期なのかもしれない。





それは佐々木双葉が中学3年生。

今から2年ほど前に起こった事件だった。




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異世界授業をはじめます。 ~旧校舎で扉を見つけた高校教師が、少しずつ世界を変える~ ねぶくろ @nebukuro

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