にたりよったり

@chased_dogs

にたりよったり

 帰り道。弱々しい灯りが点々と続き、両脇には平屋建の家々が鬱蒼と建ち並ぶ。古びた木製の電柱に縛り付けられた灯りが点いたり消えたりを繰り返している。灯りが消えるたび、何も見えなくなる。


 細い路地を歩いていると、前の方から人が歩いて来た。最初は後ろ姿かと思ったが、俯き加減に歩いてこちらに向かっているようだった。

 此処に越して来たのはそう前のことではない。勝手知ったる寮生活じごくを離れてアパートへ駆け込んだのは、春の風がそうさせたのかもしれないし、もう限界だったからかもしれない。今の物件を選んだのは家賃の安さと駅への近さが理由だったが、今思えば駅前までの道のりを確認せずに契約を決めたのは失策だったかもしれないと今更ながら後悔した。


 変質者や犯罪者の類でないことを祈りながら、視界の角でその人影を追いかける。……はた、はた、はた。衣摺れと足音が聞こえる。……はた、はた、……はた。

「?」

 人影の動きが止まった。こちらを向いているような気配を感じ、思わずそちらの方を向いてしまう。――被り物のような顔がこちらを見る。

「こんばんは」

 上擦りながら声掛けをする。その人は低い声で、

「こんばんは」

 と応えるとニタリと笑顔を浮かべながら去っていった。


 背後に気をつけながら歩き続け、曲がり角を曲がる。付け狙う感じはしない。心の中で安堵しながら歩いていくと、また前の方に人影が見えた。

 電灯が消えてまた点くたび、飛び飛びに人影が浮かび上がり、そのたびに近づいてくる。

 変質者や犯罪者の類でないことを祈りながら、視界の角でその人影を追いかける。……はた、はた、はた。衣摺れと足音が聞こえる。……はた、はた、……はた。

「?」

 人影の動きが止まった。こちらを向いているような気配を感じ、思わずそちらの方を向いてしまう。――被り物のような顔がこちらを見る。

「こんばんは」

 上擦りながら声掛けをする。その人は低い声で、

「こんばんは」

 と応えるとニタリと笑顔を浮かべながら去っていった。


 背後に気をつけながら歩き続け、曲がり角を曲がる。付け狙う感じはしない。心の中で安堵しながら歩いていくと、また前の方に人影が見えた。

 電灯が消えてまた点くたび、飛び飛びに人影が浮かび上がり、そのたびに近づいてくる。

 変質者や犯罪者の類でないことを祈りながら、視界の角でその人影を追いかける。……はた、はた、はた。衣摺れと足音が聞こえる。……はた、はた、……はた。

「?」

 人影の動きが止まった。こちらを向いているような気配を感じ、思わずそちらの方を向いてしまう。――被り物のような顔がこちらを見る。

「こんばんは」

 上擦りながら声掛けをする。その人は低い声で、

「こんばんは」

 と応えるとニタリと笑顔を浮かべながら去っていった。


 背後に気をつけながら歩き続け、曲がり角を曲がる。付け狙う感じはしない。心の中で安堵しながら歩いていくと、また前の方に人影が見えた。

 人影は真っ直ぐこちらを見、近づいてくる。……はた、はた、はた。

「こんばんは」

 低い声が路地に響く。作り物のような顔がニタリと笑う。

「こんばんは」と声を作ろうとしたが、駄目だった。喉が強張り、息ができない。

 徐々に歩調を速め、後ろを振り返りつつ曲がり角を曲がる。追ってくる様子はない。それでも不安を和らげるため、帰り道から外れ、近くのコンビニを目指す。


 入店音が鳴り、店内照明が煌々と迎え入れる。店外には社用車がつけてある以外は何もなく、全くの暗闇しか見えない。

 レジカウンターの前を通り抜け、冷蔵スペースを眺める。何か食べたいものがあるわけではないが、何か腹に入れて落ち着きたい。買い物かごにツマミと握り飯を放り込み、それから何か迷う素振りをする。他の棚の物色も始め、店内を二度三度回遊すると、カウンター前のベルを鳴らして店員を呼ぶ。

「すみません」

 バックヤードからのっそりと店員が出てくる。

「ぃらっしゃぃむせぇ」

 店員はかごを一瞥すると、手早く商品をスキャンして行った。――不意に入店音が鳴り、入り口の方を見る。よたよたと壮年の男が入ってくるのが見えた。良かった、さっきの人じゃない。

「――袋ぁ要りますこ?」

「え?」

 店員の声に引き戻される。

「袋ぁ、要りますこ?」

「あ、はい」

 店員は嫌な顔一つせずカウンターの下からビニール袋を取り出し、商品を入れていく。

「729円になります。……1034円お預かりして。305円のお釣りとぉレシートでさりがとございましたぁ」

「ありがとうございました」

 袋詰された商品と釣り銭を受け取りながら店を出た。


 一瞬、元の帰り道へ戻りかけたが、別の道を通ることにした。若干遠回りだし道もよく知らないが、変な人に遭うよりマシだろう。そう考え脇道に入っていった。

 それからは驚くほど何も起こらなかった。途中、コンビニの店員がレジ前に置き忘れたパスケースを届けてくれた時は驚いたし、家の方角に歩いていった途中、広大な農地にぶつかって大回りしなければならなかったことにはうんざりもしたが、結局こうして家の前まで辿り着いている。

 鞄から鍵を取り出し、玄関の鍵を開ける。扉を開き、鍵を閉めるため振り返ると。

 電柱の横で、縦に並んだ一様な四人の顔が、ニタリと笑うのが見えた。

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