寂しがり少年少女は深夜に出会う
藤咲 沙久
【本編 に《読者》さんが入室しました▼】
【rabbit】ログイン中……【chat】
ようこそ《Walker》さん!
そう、僕はしがない
【フリールーム に《Walker》さんが入室しました▼】
ゆっこ:テストあけた~~!
友達インしてないかな???
ewgb:上司ムカつくからヒトカラきたった。。
発散じゃー
☆大福☆:マジやばくない? 俺の彼女可愛すぎかよ
ろろ:おつー 鍵トークせん?@ゆっこ
shirataki:あ、@Walker さんいるじゃん!
ばんわー!!!
「ふふ、こんばんは……っと。shiratakiさん、僕が黙っててもすぐ気づいてくれるよな」
潜り込んだ布団の中で、スマホの画面をスイスイと撫でる。顔馴染みの何人かも素早く挨拶を返してくれた。そうしてまた、それぞれ僕が参加する前の会話へ戻っていく。SNSはいくつか試したけど、このラビチャ──
特に混雑してごちゃつくのは夜だ。雑踏に紛れるみたいで楽しい。だから僕は、いつも布団の中からログインしていた。
shirataki:Walkerさんお仕事お疲れさま!!
またすぐお出かけしちゃう?
Walker:shiratakiさんもお疲れ。しばらくしたらね
shirataki:ラビチャ名物ですからね、Walkerさんの
部屋巡り……通称ウォーキング!
shirataki:(私が呼んでるだけwww)
Walker:誰がうまいこと言えと(笑)
shirataki:www
shirataki:ちょっとだけお話しましょ~!
例えば…………今日のお昼は
なんでしたかっっっ
Walker:飯の話好きだよねぇ
Walker:ちなみにカレー食べたよ
相変わらずの人懐っこさにクスクス笑ってしまう。ここでは、僕は高校生ではない。なのでshiratakiさんからも年上だと思われている。二十代の会社員という設定、それがいつの間にか出来上がった“Walker”という人物だ。
「おお、社員食堂と思われてる……実際は学食だけど」
ラビチャにプロフィール欄は存在せず、僕も自分のことは曖昧にしか話しておらず、誰かの勘違いが新たな勘違いを生んでそういうことになっていた。別に、人の会話を眺めたり食べ物の話をするだけの僕には、支障のないことだった。
こんな風に別の人物が完成するのなら、いっそ女の子のフリだって出来るのでは? と考えたこともある。でも
ふんわり認識されて、だけどそれに関係なく節してもらえる。のんびり歩き回れる。ラビチャは、そんな場所だった。
たくさんの部屋から部屋へ。知らない世界から世界へ。今夜も僕はてくてく歩く。
「あれ? なんだろ、この部屋……」
ふと操作する指を止める。大抵はごく簡単なルーム名が付けられている中で、やや異質なタイトルが目に留まったからだ。
──“Q.アナンシを殺した数字”。参加人数は一人だけのようだ。一瞬、ちょっと怖い内容なのかと思った。だけど僕はこの答えを知っている。子供の頃に聞いた物語が頭を駆け抜け、少しだけワクワクとした。だって、外国の古い民話だ。誰かとこの話をしたことがない。
部屋には鍵が掛けられていた。タップするとパスワードを求められる。もしかしたら誰かが待ち合わせのために立てた部屋なのかもしれない。勝手に入っちゃいけないかも。念のために様子を見ること十五分、他に入室する人はいなかった。思いきってもう一度タップする。
「
五、その一文字だけを入力して決定ボタンに触れた。ひどく緊張した気がした。
【アナンシを殺した数字 に《Walker》さんが入室しました▼】
鏡花:あ
鏡花:三日間で初めてのお客様
鏡花:こんばんは 気軽に鏡花って呼んで
鏡花:お話ししたいわ どうかしら
「わ、わ、入れた。知らない人だ、鏡花……女の子かな」
かの文豪は同じ名前で男だったけど、どうしても字面の可憐さが女性らしさを思わせる。初めましてのわりに気安く、なのに上品さがある不思議な雰囲気の人だった。
僕は恐る恐る画面内のキーボードをフリックした。
Walker:こんばんは。入って大丈夫でしたか?
鏡花:どんな人が来るか試してみたくて
あの名前にしたの、よく知ってたわね
鏡花:敬語じゃなくて構わないわ
Walker:わかった
Walker:昔、図書館で読んだんだ。
『アナンシと五』だね
鏡花:オレンジの種の数でもよかったのだけれど
Walker:なるほど、それも五だ
鏡花:ふふ ご名答
Walker:五が好きなの? 数字
鏡花:いいえ 別段、贔屓にはしてないわ
鏡花:すべてのものに理由があるなんて幻想よ
Walker:つまり意味はないのか(笑)
鏡花との会話は驚くほどスムーズに流れた。テンポが合うのか、なんだか喋りやすい。そのまま、読書が好きなのか、どんなものを知っているのかと互いの情報を披露し合った。みるみる時間が溶けていく。夜がふける。こんなに長く同じ場所に留まることは珍しかった。
鏡花とはとにかく趣味が近かった。リアルで会っても友達になれそうとさえ思う。shiratakiさんたちとも仲良しだけど、例え言葉が途切れても苦じゃないような、落ち着く空気を感じていた。
Walker:そういえば
Walker:なんで人が入って来にくい部屋を
作ってたの?
鏡花:ひとりになってみたかったからよ
Walker:どういうこと?
おかしなことを言う。ラビチャにログインしているのに、ひとりになりたいだなんて。僕のきょとんとした顔は鏡花に見えるわけもないのに、すかさず「変な顔してるでしょ」と楽しそうに返された。僕にも、彼女が笑っているのがわかる気がした。
鏡花:ひとりで静かな空間にいるのだれど
鏡花:この部屋の周りにはたくさんの人が
楽しそうにしてて
鏡花:誰と繋がるわけでなく 誰かいる場所に
いたい
鏡花:そういう感じ
Walker:逆じゃないの? だって
Walker:なんだか寂しくならない?
ひとりぼっちみたいで
鏡花:ふふ
鏡花:人の気配を感じたいだけの日も、あるものよ
鏡花:それはむしろ温かいわ
Walker:僕は、たぶん、それよりも近い距離で
Walker:……温かさを感じたいのかも
鏡花:ええ
鏡花:それぞれに物差しが違うのって
個性的で素敵よね
Walker:なんだか、うん。その考え方も素敵だ
Walker:鏡花の言うのも、少しわかった気がする
文字を打ち込みながら、鏡花の表現がするりと胸に入ってくるのがわかった。僕が部屋を練り歩くのは知的好奇心のため。もちろんそれも大きい。でも、もしかしたら。
(僕は僕なりの方法で、“人の気配”を求めてたのかな。僕にとって温かい距離感をとりながら)
たまに交流もしつつ、部屋を練り歩き、普段の生活では触れることのない言葉をぼんやり眺める。それがラビチャでの僕のスタンス。鏡花も同じように心地良く過ごした結果だったんだろう。
しかしそうなると。僕はそれを邪魔してしまったのではないか?
Walker:すごく今さらだけど
Walker:勝手に入ってごめんな
鏡花:あら 本当に入ってきてほしくなかったら
もっと誰にも解けないパスにしてたわよ
鏡花:言ったでしょう?
どんな人が来るか試してたって
鏡花:あなたで良かったわ とても楽しかった
Walker:気配、近すぎなかった?
鏡花:誰かと親密になりたい日だってあるの
Walker:女心は複雑だなぁ……
鏡花:女心……ふふ
Walker:ねぇ、特に意味はないって言ってたけどさ
僕は嬉しかったんだ
Walker:だって『アナンシと五』の話をしたのは
初めてで
鏡花:私もよ
鏡花:ただ、知ってるかどうかを聞いてみた
こともないの
Walker:なるほどたしかに
鏡花:案外口にしてみれば
仲間はいるのかもしれないわね
鏡花:そろそろ寝ようかしら
Walker:そうだね。もうすっかり深夜だ
鏡花:おやすみなさいWalker
鏡花:約束はしないわ
鏡花:でも、またどこかで会いましょう
Walker:おやすみ鏡花
Walker:楽しみにしてる
Walker:その時はまた
親密になりたい日でありますように
【アナンシを殺した数字 から《鏡花》さんが退出しました▼】
【アナンシを殺した数字 から《Walker》さんが退出しました▼】
【アナンシを殺した数字 が閉じられました▼】
うつらうつらし始めながら、僕はスマホの明かりを落とした。再会の約束をしない、一夜の友達。そんなの普段とあまり変わらないはずなのに、なんとなく寂しかった。今夜はきっと、僕も“そういう日”だったんだろう。
寂しいけど、鏡花が教えてくれた彼女の
「また、会えるといいな」
僕は小さく笑って、そっと目を閉じた。
「ふあぁあぁあ……」
まあ、当然と言うか。会話に夢中で随分遅くまで起きていたせいで、翌日の僕は授業どころではなかった。眠くて眠くて何にも理解できない。ちょっと調子に乗りすぎたか。
「でっけぇあくび。寝てねぇのかよ」
からかうような声音にムッとして横を向けば、キラキラした金髪の間から、僕と同じような寝不足の目が覗いていた。どう考えてもお前もだろ。
「
「うるせー」
「出海はうざくて僕は眠たい。遅くまでやりすぎたなぁ……」
「なに、ゲームかなんか」
「……散歩、かな?」
「げー。深夜徘徊だ」
「せめて非行少年にして」
「俺はラビチャ。おもしれぇ奴がいてつい長居しちまった」
「え、出海もラビチャやってんの?」
不意に出た馴染み深いワードに、素直な反応をしてしまう。ちょっと目が覚めた。出海にはよく絡まれるものの、正直外見の取っ付きにくさが勝っていた。なんで僕に懐いてくるんだろう程度の関心。そんな彼と、ラビチャのユーザー同士だなんて意外な接点があったとは。
「おう。なんならアカウント二個使い」
「なにそれ面倒」
「他人になるのも、開き直っちまえば楽しめるぜ」
「そういうものなの?」
案外口にしてみれば、仲間はいるのかもしれないわね。鏡花の言葉を思い返す。今がまさにそれだった。
僕も鏡花を真似て試してみようか。出海に『アナンシと五』を知ってるか聞いてみたら、どんな顔をするだろう。パスワードを入れた時のようにワクワクしながら問い掛けると、出海は細い目を限界まで丸くしていた。なにその面白い顔。
「お前、なんでそれ、知って……いや、ええと」
「出海も知ってるのか! 実は──……」
嬉しくなった僕は民話についてだけでなく、昨夜のことも話し始めた。出会った女の子のことを。深夜の
寂しがり少年少女は深夜に出会う 藤咲 沙久 @saku_fujisaki
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