桜の木に、緑の火が灯る

篤永ぎゃ丸

緑に燃える、火の玉が

『子供を叱って泣かすと、空き地にある桜の木から緑に燃える火の玉が化けて出てくるぞ』


 この地域に昔から伝わる怪談話。オバケだの悪霊だの妖怪だの。昭和初期は何かと子供の躾に奇怪を取って付けてたが、馬鹿な悪ガキ達が親に怒られる事から逃れる為に、不気味な噂を町に広めたのが始まりだ。

 友達と提灯やら松明で火の玉作ったのも今となっては懐かしい。だが、そんな嘘っぱち怪談の焦げ跡残る桜の木も、明日には伐採されちまう。そしてワシも、時を同じくして高齢者施設に入れられる。桜の木のように、バッサリ家族に切られちまったってわけだ。このまま、寝たきりになって餅を詰まらせて御陀仏オダブツだろう。


「おじいちゃん、足元気をつけてね」


 後先無いワシは今、好意的に接してくれる女子中学生の孫に誘われて深夜の町内を散歩中だ。こんな時間なのも仕方ねえ。一歩出歩きゃ、転ぶと身内が大騒ぎするからな。


「ねぇ、あれ——見える?」


 孫が懐中電灯で何かを指した。人生最後の思い出作りでいたワシは前を見て、震えた。火の玉だ。緑の火の玉が、あの桜の木にいくつも見える!


「あれは……ッ!」


 杖無しじゃ歩けないが、ガキみてぇに身体が軽い。固く曲がった腰が伸びる。老眼で手を伸ばしたそれは、火の玉ではなく淡く緑色に光る丸い玉だ。頭上には、同じ玉がいくつも括り付けられている。


「ガシャポンの中にね、光るスライムを入れたの。私によく、桜の木の怪談話をしてくれたから……最後に見せたくてさ」


 孫は光る玉を離さないワシの手を握る。火が灯ったように、暖かい。生気を失って暗くなった肌に、明るい色が付いていく。


「おじいちゃんがお家からいなくなるの寂しいけど、私——もっとお話聞きたい。ずっと元気で、いて欲しい」


 遠くなった耳に孫の願いがよく聞こえる。そうか、大人が子供におどかされるってのはこんな感覚なのか。心臓が呆れ笑いで、動く。こらと、足掻く。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

桜の木に、緑の火が灯る 篤永ぎゃ丸 @TKNG_GMR

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ