最終話 火竜の王と魔女の二つ名<4>

『時の凪』を改良して私が生み出した、禁術中の禁術『時間停滞』。

 時間停滞の術の対象は、活動を停止する代わりに空間から切り抜かれ、時間が再度動き出さない限り、あらゆる破壊と損傷を免れる。セプテムがいくら暴れても問題ない。

 私は今回、時間停滞の術を『パレット王国全体』に使った。

いや、正確には私とマテバ、幻夜、アルビスタ公の四人で四方から国を囲んで、結界状に魔方陣を展開した。

 国全体を対象とする大魔術だが、時間停滞の維持自体はセプテムが通る往路復路までの数日程度でいい。

 セプテムが上空を通り過ぎるまで都市と民を凍結させれば、次にまた奴が飛行を行う数百年、短くても数十年までの時間は稼げる。これなら勝てない相手に、無理な喧嘩を挑まなくて済む。


 だが、四人四角で展開した魔方陣のうち、私の担当する部分だけ魔力の放出量がわずかに劣った。

 弁解するわけではないが、他の三人の魔力が強力すぎるのであって、決して私の落ち度ではない。だがあと少し、少しでも魔力の補充があれば結界を長く維持できるのに。


「『邪智』って今回の件で君に授けられた二つ名なのかい? こりゃ傑作、いや名作だな! きっと後世に語り継がれるよ」


 私に足される魔力。

私の祈りの手に手を重ねた、意外と強力な魔力の持ち主は、見るからに頼りなさそうな金髪の主席宮廷魔術師、上司。ああもう、一番先に逃げたと思っていたよ。


「笑い話として語り継がれますか?」

「いや、伝説の英雄の勲として語り継いでいくさ、僕がね! パレット王国主席宮廷魔術師エステラ・ローゼ・サルウィンが真名タウにおいて答えを発せよ!」


 五重に声が唱和し、響く。


「導き出すは真理!」







「やれやれ。俺らも修練して、二百年後くらいにはきっちりセプテムを倒せるようにならないとな」

「その前に、いつかわからない次のセプテムの来襲時には、しっかりと四人……いえ、あの頼りない中級魔術師さんを入れて、五人揃って国を守りましょうね」


 セプテムが去った後、マテバと幻夜が、心底疲れたといった様子で語る。

 私が他の大魔術師たちに提案したのは相互保障・『炎の盟約』。


 セプテムによる被害を不幸と諦めて押し付けあうのではなく、明日は我が身として、東西南北の各代表で力を合わせて国家を守る行為。

 つまり今回行った時間停滞による進路上の防御を、いつか人間がセプテムを倒せる日がくるまで、ローテーションを組んで繰り返し続ける契約。

 各方面主力の魔術師の同意は得られたし、実際に時間凍結でパレット王国を守れたという事実は、大きな宣伝効果を持つ。普段は国家間の仲が悪くいがみ合っていてもいい。非常時に結束するという誓いがあれば、不測の事態にも対処できる。

 仮に私が道半ばで倒れたとしても、『炎の盟約』は誰かが引継ぎ続いていくだろう。

 もしかすると『炎の盟約』を基盤として、いつか大陸は一つにまとまるかも、なんて夢想してみるが、未来の話だ。


 先ほど述べたように、パレット王国は無事守れた。時間凍結の解除後も人々は支障なく生活している。

 表向きの功績はエステラのものになったけど、私には別に不満などない。

 カーライト陛下たちの件でこの国を見直したし、常春のなか、すでに半年以上も住んでいるためか、狭い部屋にもすっかり落ち着いてしまった感がある。

 次席宮廷魔術師という立場に全然文句がないといえば嘘になるが、マテバや幻夜、そして本気を出したアルビスタ公の力を見てしまうと、私程度の力ではあまり威張れないと思う。何が魔術を究めてしまった、だ。恥ずかしい。

 曲がりなりにも『竜帝の七つの子』の問題は一つ解決したし、今後も先達に追いつく努力と精進をするまで。

今の私なら、エステラと折り合いをつけて、上手くやっていけるはずだ。


 さて……この備忘録を読み終えたあなたの周囲で、邪智のお姉さん、あるいはお婆さんの存在はまだ語り継がれているのかな? 

 実はそれだけが気にかかっているんだ。


 唱えよ、真実と根源を具象化する術を。

 魔術師アルナ・マリステレーゼが真名において答えを発せよ。

 導き出すは未来の自分。

                                                               (了)

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次席宮廷魔術師アルナのお悩み相談録 宵町一条 @yoimachi2021

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