第14話 火竜の王と魔女の二つ名<3>
数日後。セプテムの襲来を控え、残り一時間弱。
時間帯は空が暗く沈みかけた夕方。
城下を俯瞰できる小高い丘で私はセプテムを待っていた。
貴族たちの逃亡は未だ終了していない。
理由は、最初に逃げるべきカーライト国王陛下が、玉座の間を離れなかったから。
「普段、民に天命を押し付け、病の癒しすら禁じ特権を貪っている我々が、今逃げてどうなるというのか! 国と民を失ってもなお、王と貴族が残ると思うか? 逃げたいものは逃げよ! 我が身滅びようと、王家の血脈はミテアで存続する……だから我ら王族はここを動かん!」
カーライト陛下が一喝すると、普段陰の薄い第一王子アポロ殿下が、王家秘蔵の宝剣を抜き放ち、なおも王に逃亡を薦めようとするナルド公爵らを徹底的に脅したという。
私の予想を裏切り、天命教の大審院も潔くパレット王国との心中を決め、信者たちは静かに祈りを捧げて審判のときを待っている。
城下付近ではオスカル辺境伯が収集した騎士団が、対セプテムのため控えている。
時は来る。
予想に反して誰も逃げない分、私の責務は増した。
双肩に背負ったものはあまりにも大きく、絶対に失敗はできない。
「嬢ちゃん来たぞっ! あの冗談みたいな巨体を見間違うはずもねぇ、奴こそ『竜帝の七つ子』の末子にして最強の火竜・セプテムだ!」
風の精霊を用いた遠距離の通話でマテバの声が響いたが、すぐに轟音にかき消された。
戦神の鼓舞の歌を聞いても魂を砕くその咆哮は高く響き、天空を制する赤き巨大な竜の体が、雲より大きく宙を覆う。
視界が影に覆われ、まるで時刻が一瞬にして、夕方から夜になったかのような錯覚を覚える。
鮮血のような深紅の瞳には、矮小な人間など視界に入っていないようで虚空を見つめ、口元から時折洩れる灼熱の吐息は、水の精霊の加護を以てしてもなお熱い。
怖い。
そりゃあ、戦うなんて選択肢を選びようがない。天災と同一視されるのも頷ける。
「いいかアルナ、我々が準備に入る前に、奴が炎の息を吐きだしたら被害は甚大になる。ぎりぎりまで手を出すのではないぞ!」
アルビスタ公からの通話に私は深く頷く。
だが、異変が起きた。待機していたはずの騎士団の数名が、あろうことかセプテムの方へと駆け出してしまったのだ。
セプテムは自分に迫る、銀色の甲冑を着込んだキラキラとした存在を敵と判断したのか、戦闘態勢に入ってしまった。
「くそっ! セプテムの咆哮を聞いて、騎士の馬がおかしくなっちまったんだ! このままだとあの騎士ども……ああ見捨てられねぇっ!」
「冷静になれマテバ!」
アルビスタ公が叫ぶが遅い。
マテバの通話が切れる。
マテバは騎士を助けるために瞬間移動したようだ。だがマテバなしでは、対セプテムの切り札が発動できない。
指揮を執る私が状況に戸惑っていると、目前でセプテムが大きく息を吸い込んだ。
炎の息の、前動作か。
やがて閃熱の空気が迸り、周囲全体を激しく燃やす炎の息が吐きだされる。たった一撃なのにどれほどの被害を生み出すのか想像もつかない、赤き灼熱の奔流は、しかしパステル王国の城下を焼かなかった。
城下町を守ったのは、まるで雲のように広がる大きな霧の塊。密集した霧が炎と城下の間に入り、炎の勢いを減衰させたのだ。
霧。そう、霧になって自在に移動できるのは……。
「まさか……吸血鬼の集団が盾になったの!?」
「正解よ、アルナ。あなたが困ったときには助けに行くって約束したでしょ。それにここは私の元家族の国でもあるの、王族としての責務を放棄した私が、今守らなければ!」
「イメリア殿下!」
驚く私の目の前で、細かく白い霧の群れが次々と集合して王国を守る盾になる。
「……とはいえ恐るべき炎ですな、先ほどの一撃は。我ら不死の吸血鬼といえども、もう一度まともに受けたらどうなるかは保証しかねます。アルナ様、策があるならお早く!」
「ミハイル卿、あなたたち吸血鬼たちの助力に感謝いたします。マテバ、急いで!」
私の求めに、マテバとの通話が再開される。
「手間を取らせてすまねぇ、嬢ちゃん。だが騎士たちの救助は完了したぜ。さあ、指示してくれ」
イメリア殿下の助力を得た今、私は確信していた。
今ここに至る過程、宮廷魔術師として私がしてきたこと、すべてに無駄はなかったと。
ならば竜帝の子に立ち向かう今の私の判断も、きっと正解だ。
私はこちらを見ようともせず、再び炎の息を吐こうとするセプテムに向かって叫ぶ。
「人間の、知恵の力を舐めないで!」
絶叫を合図にマテバが詠唱を開始する。
「唱えよ、始まりと終わりを具象化する術を。『終末』を司る破壊と断罪の魔術師、マテバ・フレッチェが真名ガンマにおいて答えを発せよ!」
続いて幻夜も詠唱。
「唱えよ、再生と永遠を具象化する術を。『千華』に咲く無限の命の魔術師、幻夜三日月が真名ベータにおいて答えを発せよ!」
そして師匠、アルビスタ公。
「唱えよ、生誕と崩壊を具象化する術を。『深淵』の見聞者にして魔術の伝道者、アルビスタ・サザーランドが真名アルファにおいて答えを発せよ!」
最後に、私の番。
「唱えよ、真実と根源を具象化する術を。『
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