第13話 火竜の王と魔女の二つ名<2>
最善を尽くすと言ったが、どこへ行けばいい?
そもそも最善を尽くす必要があるのか。竜災から私は逃げても一向に構わない身なのに。
もやもやした気持ちのなかで、思考だけが高速回転する。
先ほどアルビスタ公の名前が出たな。師匠なら力になってくれるかもしれない。
いや、待て。先ほど私は竜災をなんと表現した? 自国でなければ他人事、持ち回り制の身の破滅、といったはず。悪平等。いつか自身に巡る滅亡を逃れる術があるとしたら、人はどう出る?
基本の着想はそれだ。さらに具体策を考える。イメリア殿下の事件の際、私は殿下を吸血鬼にして人と切り離すことで事件を解決した。エステラの決闘の際は、彼らを一年間時間から切り離すことで修行をさせた。
切り離し。魔術の力で破壊者と対象を切り離すこともまた、可能ではないか。
大陸南方アルビスタ公領。
様々な
その富を運用し魔術師を育成するための学校を建てたのが、世に『魔術公』として知られる希代の魔術師、アルビスタ・サザーランド公爵である。
私の師匠だが、宮廷に出仕して以降、しばらく連絡を取らない疎遠な関係だった。そんな不義理な弟子の私は、今、公爵家の執務室でアルビスタ公と対面していた。
「弟子が久々に顔を出したと思えば、まさか、国のための頼み事だったとは。半年も持たずにパレット王国を追い出されるかと思っていたが、なるほど日々健やかに成長しているようだな」
「追い出されると見越して、宮廷魔術師の推薦状を書いたんですか、私は努力しているのに」
「ふむ……成長の自覚なしに、宮廷魔術師として身を粉にして働いているのだな。感心だ」
アルビスタ公の嫌味はともかく、頼み事は了承してもらえた。
師匠への頼みという第一段階の条件がクリアされたなら、第二段階は私が頑張らないといけない。
「師匠に依頼していた件ですが……」
「そう急くな。奴らならばすぐに……ほれ、早速来たぞ」
音もたてず室内に姿を現す二つの影。
瞬間転移の魔術だ。
「久々に呼ばれたと思ったら、『
「相変わらず喧嘩腰ですね、『
茶色の髪を短く切り揃えた喧嘩っ早そうな若い男に、腰までありそうな長い黒髪を後ろにさらりと流し、銀縁の眼鏡をかけた妙齢の女性。
アルビスタ公に比べると、両者とも随分と若く見えるが、実のところ今、部屋にいる人々は私を除くと全員二百歳を軽く越えている。
人間のまま不死になる術を成功させた者は、精神年齢に応じた外見で姿が固定されると聞いたことがあるので、見た目による判断は一切当てにならない。
彼らの互いの呼称もそうだ。
上級魔術師のなかでも特に優れた者は仲間内で尊称として『二つ名』を贈られるが、 やはり私以外の全員が二つ名持ちの魔術の達人、いや超人と呼んでいい。
茶髪の男は北方を放浪する、『終末』マテバ・フレッチェ。
黒髪の女性は極東で宮廷魔術師を長く務めている、『千華』幻夜三日月。
そして執務室の主、『深淵』アルビスタ・サザーランド。
これほどの大魔術師三人が一堂に揃うことは滅多にないだろうが、機会を演出したのは誰あろう私だ。
「察するに『深淵』は、そちらに控えているお弟子さんの依頼で私たちを招いたのでしょう。生憎こちらも暇ではないもので、用件は手早く済ませてもらえればと」
勘の良い幻夜の質問に、私は今だ、と提案を開始する。
「大魔術師様たちには、竜帝の子セプテムの飛行……竜災に関して協力していただきたいことがあり、師匠を通じてご足労いただきました」
「火竜セプテムだと? まさか竜退治をしろって言うんじゃないだろうな? 他ならいざ知らず、セプテムを倒すのだけは無理だ。実は俺と『千華』と『深淵』の三人で、昔あいつに挑んで返り討ちにされてよ。あと数百年は修行しないと勝ち目はねぇって悟ったんだ」
先ほどまでの威勢の良さはどこへ行ったか、マテバがきまり悪そうに頭をかく。
「とまあ『終末』が言った通り。今回は西方のパレット王国が進路に選ばれたそうだけど御免なさい、助力はできそうにないの。運がなかったと諦めて頂戴、お嬢ちゃん」
これで終わりといった風な幻夜に対し、私は思わず怒鳴る。
「運がなかった? 全員そればっかり! セプテムを竜災なんて災害に仕立て上げて、不幸は持ち回り制だなんて押し付け合い! 自分のところに来なかったらああ助かったって他人事。正直私も直前まで他人事だったけど、今は違う!」
そう、今は違う。
……経緯はどうあれ自ら選んでパレット王国に出仕した以上、私もまた常々自らの立場に責任を持って物事に当たらねばならないと、悟る。
友人のリンデに、好意を持ってくれたレノー殿下たち。祭りで見た街の活気や、私にお菓子をくれた屋台の人。縁が生じた以上、いや、私は国家の人間として彼らを守らなければならない。
「全力で、知恵を尽くして、運に頼らず皆が均等に助かる方法を考えましたっ! だから……!」
頭を深く下げた私の目から涙がこぼれそうになる。
なんでここまで本気になっているんだろう、私。
私なりに得た、道義という人としての欠片のせいか。師匠であるアルビスタ公の狙いは過たずといったところ。
私は破滅の瀬戸際までパレット王国で、きっと勉強以外の大事なことを学んでいたんだ。
「パレット王国次席宮廷魔術師アルナ・マリステレーゼにどうかご助力下さいっ!」
再度首を垂れると、大魔術師たちは、やれやれといった様子ながら、話を聞く体勢になってくれた。
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