終章 火竜の王と魔女の二つ名

第12話 火竜の王と魔女の二つ名<1>

 その日、パレット王国は常春の国だというのに、朝から空気が随分と熱気を帯びていた。

 ところが私は、例の決闘騒ぎで私に興味を抱いた第一王女レノー殿下に誘われ、女官たちと共にお茶とお菓子の無礼講で盛り上がった疲れで、すやすや熟睡。


 と、部屋の扉を、うるさく何度も叩く音。

 寝間着姿のまま扉を開けると、立っていたのはエステラ。こちらがつつしみもへったくれもない格好なのに対して妙に血走った眼をしている。私は思わず貞操の危機を感じて、手で胸元を隠すが、エステラは予想外のことを呟く。


「占星官が昨夜、竜災りゅうさいの兆しを見たという。今から各国の宮廷魔術士が一堂に集まって、竜災がどこへ進むかを占う儀式を行うそうだ」


 困った、といういつものセリフもなく青ざめた表情のエステラ。竜災、という単語の重みに私も洒落や冗談で返す気を失った。


 竜災とは、読んで字のごとく竜がもたらす災害。


「かつて大陸は神話の時代、竜帝ドラゴンルーラーと呼ばれる強大な竜の王が支配していたが、竜帝は何らかの事情で姿を消し、代わって人が栄えることになった。知っているね、アルナ?」

「はい。歴史に残る旧帝国時代の始まりですね。ところが竜帝には七つの子が存在しており、各々が人に対する災厄として残った。人類の課題『竜帝の七つ子』の誕生譚」


 なかでも、大陸中央の火山に住む、竜帝の末子である火竜セプテムは数十年から数百年に一度の周期で大陸を飛び回り、進路上に存在する数多くの都市を滅ぼす存在。


「竜帝さながら、強大なセプテムを倒せる者はなく、人々はその飛行による破滅を竜災と名付け、他の天災と同様に、諦めて受け入れた。という話だが、まさか自分が生きている時代に直面するとは、僕も思わなかった」


 竜災は普通の人々では語り継げないスケールの規模と、時間間隔で起こるためにあまり知られていない。魔術師たちが歴史書を読んで、ようやく恐ろしさを知る程度。

いつか私が解決したいと考えていた課題の一つだが、時が早すぎた。


「竜災を占うとは、セプテムが、東西南北どちらの方角に向かうかを調べるということですね?」

「ああ。西方以外の国に向かってくれれば助かるのだが……そう祈っているのは、どこの国も同じだろうな」


 エステラは心労を隠せないようだ。

 『西方以外の国に向かってくれれば助かる』。実際にこの通りの話で、セプテムの一大飛行の進路上に自分の国さえ存在しなければ、所詮は他人事というのが世の共通認識。

 竜災とはいわば不幸の押し付け合いっこ、持ち回り制の身の破滅。

 世の中は不公平にできているとはいえ、中々に残酷な現実で、陰険ですらある。

 私はエステラと共に、正装の白いローブに身を包んで迎えの馬車に乗ると、占いの儀式が執り行われる場へと向かった。


 私たちが議場にたどり着くとすでに、大占星術師として知られるネイト卿が竜災の占いを始めていた。

 裾の長い黒衣に身を包んだ白髪老体のネイト卿は、おぼろげではあるが未来を視ることができる唯一の魔術師であり、その予知は今まで一度も外れたことがない。

 彼を囲んだ各国の宮廷魔術師たちは、極めて真剣な表情で占いと称した予知の行方を見守っており、人の数の多さに反比例するように静寂が場を包んでいる。

やがて……。


「セプテムの飛行進路は西方、パレット王国!」


 ネイト卿がくわっ、と目を見開き叫ぶや泡を吹いて後方に倒れこんだ。

 周囲の魔術師たちから一斉にどよめきが起きるが、ほとんどが嬉しそうな、安堵に満ちた声だ。それはそうだ。事態がパレット王国だけの問題になるのなら、彼らはお役御免。何も考えず帰ってよいのだから。

逆に。


「終わりだ……。パレット王国は三百年ぴったりで終わるんだ。いや、三百年ならまあ割と続いた方だよな。サルディン侯爵家代々の先祖にも、申し訳が立つ。あ、先祖の墓も一緒に滅びるんだ……」


 白目で親指の爪を噛みながら、ぶつぶつと独り言を述べるエステラ。

 動転を超えて完全に諦めに入っている。


「ちょ、エステラ様。すでに終わったみたいなことを言ってないで、竜災に備えた最善策を考えるのが、我々宮廷魔術師の仕事でしょう」


 私がエステラの細い肩を掴んでグラグラと大きく揺らしながら怒鳴ると、彼は正気に返ったように、だが悲壮な顔をしながら私に尋ねてきた。


「あるのか……最善策? もしかしてアルナ、君の力でセプテムを退けることが可能……」

「いえ無理です、ごめんなさい。師匠のアルビスタ公から、竜帝絡みの案件は個の魔術ではどうにもならないと深く教わっています。私もいつか解決したいと考えていましたが、あくまでいつか、のレベルです」

「かの魔術公が断言するのなら無理なんだろうな。正直僕も期待していなかった。じゃあ考えるべきは国王陛下一族の亡命と貴族の避難先、国の財宝の持ち出しなどのリスト作りか。果たして竜災までに間に合うだろうか」


 王侯貴族の避難、という言葉を聞き咎め、私は尋ねた。


「民はどうするんですか? 彼らは聡く、敏感ですよ。貴族が一斉に財産などを動かし始めたら絶対に気付いて、暴動を起こします」


 私の訴えをエステラは退けた。


「大丈夫だ。我が国の国教は天命教。竜災は災害だから、彼らもきっと天命の滅亡を受け入れてくれるさ」

「エステラ様って本当に最低な貴族のボンボンですね! 天命教を支えている王侯貴族が逃げたら、天命教の上の連中だって逃げるに決まっていますよ! じゃあ国外逃亡に関する手配はご勝手に。お任せしましたから、私は私なりの最善を尽くします!」


 私はエステラを無視して足早に場を去ると、馬車に飛び乗った。



 

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