第11話 果たし合う貴族たち<3>
先に動いたのはエステラ。
お世辞にも軽やかとは言い難いが、腕を大きく前に突き出し、ナルド公爵の構えた細剣を払いのけようとする。
素人目に見ても動きが遅いので、予想通り簡単に避けられてしまう。
ナルド公爵は一笑すると、今度は自分の番とばかりに剣先をくるくると回してエステラを挑発する。肥満体が生み出す動作は緩慢すぎて全然怖くないが、エステラは圧されたように少し下がる。取り巻きだろうか。周囲からナルド公爵を応援する声が上がる。
「せいっ!」
叫ぶや、ナルド公爵は剣を上下逆に持ち、剣の重心を移動させ、柄頭でエステラの腕を撃とうとした。
「あれは破甲衝ですな! ナルド公爵は自身の肥満体から生まれる力を、剣の鋭さではなく打撃に変え、エステラ殿の腕を折る気でしょう! エステラ殿は防御を取るか、あるいは……」
解説が入るが、腕を折るとか物騒極まることを言っているので、私は聞かなかったことにした。
だが、エステラは放たれた打撃を、細剣で受け止める無謀な防御はせず、身を低くしてナルド公爵の攻撃の下をかいくぐる様に、斜めに飛び込んだ。
死中に活あり。ナルド公爵は必死に抵抗するが、エステラはそのまま、ナルド公爵の首のあたりを掴み、殴る。とにかく殴り、合計七回ほど殴った。平素のエステラからはとても考えられない蛮行。
弱々しい拳の連打だが、ナルド公爵は耐えられず、剣も跳ね除けられ、隙だらけの無防備な姿を晒してしまう。
「やっちゃえ、エステラ様!」
私が思わず応援すると、勢いを得たエステラは再び剣を執る。必殺の突きでナルド公爵を貫き……。
「待った! 降参だ! 私の負けだ、エステラ!」
ナルド公爵は剣を捨て、両手を上に挙げて降参の意を示した。大貴族としての威勢などまるでない哀れな姿に、エステラも動きを止める。
ともあれ、二名の決闘はあっという間に決着がついてしまった。
エステラはやり遂げた男の顔でナルド公爵に宣言する。
「僕の勝ちですね、ナルド公爵。なら、みなの見ているこの場で謝罪してもらいましょう! アルナに対して!」
え、どういうこと? どうして私の名前が出るの?
戸惑う私に向かって、暴力の洗礼を受けたナルド公爵は、鼻から滴る血をハンカチで抑えつつ、小さく頭を下げる。
「次席宮廷魔術師アルナ・マリステレーゼ殿に謝罪する! そなたを色仕掛けで主席宮廷魔術師に取り入った、力のない平民と罵った言を撤回する! だから許してくれ!」
つまりは、私の立場に対するナルド公爵の侮蔑を聞き咎めて、エステラが喧嘩を吹っ掛けた、ということらしい。
渦中の人物が私ならば、女官たちも話をしてくれないわけだ。私の訪問にナルド公爵が会ってくれないのも当然。リンデも当然真実を知っていて、隠していたのだ。
でも、なんで……。
「なんで決闘なんて命を賭ける無茶をしたんです、エステラ様! 私は別に陰口など気にしていないのに!」
「パレット王国は血統と家門を優先する、肩書の国だ。僕も名門貴族の一員として、自分が主席宮廷魔術師の任に堪える才能があると信じていた。けれど、君がこの国に来てから認識を改めるようになった」
エステラは笑みを浮かべながら握手を求めてくる。
「アルナ、君は少し欠陥があるかもしれないが、宮廷魔術師として優れた人材だ。人を一面だけで判断してはいけないという好例だ」
「エステラ様……」
昼の太陽の光を受けたエステラの長い金髪が輝くように見える。もしかしてエステラは私が思っているよりも遥かに度量の広い、いい男なのかもしれない。
「それに、ナルド公爵は君が僕に色仕掛けをしたと吹聴した。それが許せなかった。僕は正直、君を女としてみたことなんて一度もない。何を考えているのかわからない、得体の知れない魔女だと思っているよ」
爽やかな笑顔を浮かべ続けるエステラの頬に、私は右手に力を込めて平手打ちの一撃をかます。
三十人以上の環視のなかで、パーンと小気味よく響く音。
ああ、これまでかけられた迷惑と合わせて我慢も限界、ついにやってしまった。
でもま、いっか。
私とエステラの関係はこれでいいや。
私は今後もこの国で色々な人たちに振り回されながら、生きていくんだ。
そして、関り続けることで様々な感情を手にしていくのだろう。エステラを助けようと無自覚に困っていた今回の私のように。
それに、人は一律に同様ではないとリンデが言っていたけれど、物事を一面でしか見ない悪癖が私にはあった。今後は正していかないとね。
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