第10話 果たし合う貴族たち<2>

「公爵様はアルナ殿とはお会いしないと言っている、お帰りを」


 ナルド公爵家の偉そうな家令はにべもない。家令でこれなら主人の性格も簡単に察せる。


「どうか次席宮廷魔術師のアルナが、主席宮廷魔術師エステラ様と、ナルド公爵の決闘の一件でお話したいことがある、とお伝え下さい」


 次席宮廷魔術師、という名乗りに反応したのか、家令が表情を硬くする。


「ご自身の立場を強調されるなら……なおのこと公爵様は、アルナ殿とお会いしないでしょうな。時に物事を解決するのは剣と剣の交わり、男と男の信義の対決。お帰りを」


 再三の願い出にも関わらず、結局、私はナルド公爵に会うことができなかった。

 こちらが頭を下げる気で来ているのに門前払いとは。ナルド公爵に対し妙な怒りがふつふつとこみ上げてくる。エステラに強くなってもらい、決闘でナルド公爵を打ち負かさせる。

 エステラの命と私の心の平穏を保つためにも、道は正攻法しか残されていないようだ。


「秘策があると言ってくれるのは嬉しいけど、君は僕を一体どうしようというんだ? それにこの人は誰だ?」


 エステラと、隣に並んだ鬢に白いものが混じった、だが体躯のいい黒服の壮年男性の両者を中心に置き、大きな魔方陣を描きながら私は回答する。


「そちらは南方オロバス王国で、剣の達人と名高いルーファス卿です。特別教師としてお呼びしたので、今日からエステラ様には毎日剣の特訓に励んでいただきます」

「今日から毎日って決闘まではあと二日しか残されてないんだけど、付け焼刃じゃ……」


 エステラの疑問に私は笑って応える。


「ご安心ください。今から私が禁術『時のなぎ』を使い、エステラ様とルーファス卿の二名の周囲の時間の流れを遅らせ、実質一年分の猶予を用意します。剣の達人から一年学べば、素人であるエステラ様も、ナルド公爵を打ち負かす立派な剣客となることでしょう」

「ちょっと待ってくれ! 一年ずっと剣の特訓なんて体がもたない! これのどこが正攻法だ! それに禁術だなんて成功するかどうかうわぁぁぁ……!」


 悲鳴を上げるエステラの周囲が銀と赤の明滅を繰り返し、最後に強烈な光を放つ。


「唱えよ、真実と根源を具象化する術を。魔術師アルナ・マリステレーゼが真名において答えを発せよ。導き出すは風吹かぬ時の牢獄!」


 詠唱が終わると、エステラとルーファスを囲んだ魔方陣内を、暗い闇が覆った。

 成功だ。

 外部からは見えないが、内部の時間は数百倍に引き延ばされており、エステラに対する地獄の特訓が始まっているはず。

頑張れ、エステラ。


 私が結界の横にティーセットを運び時間を潰すこと、はや二日間が経過した。やがて、シュン、という音とともに結界の光が消え、エステラたちが姿を現す。


「君の非常識さにはとことん呆れた。だけど礼を言うよ。僕は男として、一段階上に進むこととができた。ナルド公爵なんてもう怖くない」


 心なしか見た目、少し逞しくなったエステラは息巻く。


「実際のところエステラ様の仕上がりはどうですか、ルーファス卿?」

「彼には剣の才能がまったくありませんな! 無には何日かけても無です」


 ルーファスは実に残念そうに語った。

 え、どうしよう。禁術まで使ってほぼ成果なしって、どれだけダメな子なのエステラ。

 私がどうしたものかと悩んでいる間に、昼の到来を告げる鐘が鳴った。決闘の時間だ。

 事ここに至ってはどうしようもない。成り行き任せだ。


 正午、城の中庭。

 軽く三十人は越える衆目の視線のなかに現れた、決闘にそぐわない華美なレースに身を包んだ中年のナルド公爵。

豚のようにでっぷりと肥え太っており、正直まともに運動ができそうにない。辛うじて金髪をしているものの、天辺ハゲで、生理的に私には受け付けられない。

対するエステラは改めて見ると、細身かつ貧相な体つきでやっぱり弱弱しい。

 というか、二人とも喧嘩とかすごく弱そうなんだけど、決闘は一体どうなってしまうのか。

 前足のつま先をナルド公爵に向け、左手を自然と垂らし細剣を向けるエステラ。ナルド公爵も細剣を手に取ると、右手で剣を下に向けて構え、互いに向き合う。


「あれはラ・ベルタデーラ・デストレッツァ。対するナルド公爵が剣刃を下にしたのは第三の構えストッカータ。どうやら両者ともに基本の構えは辛うじてできているようですが、対峙の形としてはエステラ殿の方が有利ですな」


 ラ・ベルなに? 

 なぜか突如、解説を始める黒服の人・ルーファス。まだ帰っていなかったのね。

 一年間のエステラの師として、弟子の戦いを最後まで見届けようというのか。

 さあ、決闘開始だ。

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