4章 果たし合う貴族たち
第9話 果たし合う貴族たち<1>
「え、決闘ですか? 誰が、誰と?」
「それは……ナルド公爵と、僕がだ」
「エステラ様が決闘ですか!」
私は思わず大きな声を出してしまった。
貴族同士の決闘は、この国に限らずままあることだ。
だが決闘に挑む片方のエステラといえば、貧弱な肉体におよそ俊敏とは思えない身体能力の持ち主。はっきり言って、誰相手の決闘であれ、挑めば負ける要素しかない。
「もしかして決闘ではエステラ様だけ魔術を用いることができるとか?」
「そんな邪道の決闘があるか! 互いに剣と剣を交える正真正銘の決闘だよ」
うーん。
パレット王国の主席宮廷魔術師殿は、今回の一戦で亡くなってしまうのではないか。
主席であるエステラが亡くなったら、次期主席を継ぐのは私……いやこういうことは考えるべきではないな。別の変な貴族が指名されて、もっと厄介な上司になる可能性もある。
「どうして決闘なんて事態になってしまったのですか? 謝罪して済むことなら早く謝罪して、平和的に解決するべきだと思います、エステラ様のためにも」
「……暗に僕が負けると言いたいのは察せる。僕は嗜みの剣すら一度も握ったことのない、弱い貴族だ。だが君に理由は言えないが、今回ナルド公爵に負けるわけにはいかない。だから、僕がナルド公爵を倒せるようになるための方法を、助言して欲しい」
頑固なエステラ。
魔術師同士の闘いであれば、私も手段に自信がないでもない。
無詠唱魔術の先手で相手の呼吸を止め、魔術の詠唱すらできないまま窒息死させる、あるいはあらかじめ封じた精霊たちをまとめて解き放ち数で圧倒する……などなど。
卑怯上等の魔術師同士の闘いは、私の性格と相性がいいのだが。
大人二人が衆人環視のなか、剣と剣で正面から勝負する決闘となると、さすがに名案が浮かばない。そもそも、勝てない相手に喧嘩を挑むのは生物として愚か極まる。
困ったな。困ったはエステラの代名詞のはずだが、今は私が困っている。
「決闘はいつなのですか?」
「三日後の昼に城の中庭でだ」
「三日後ですか……なら方法を検討してみますので、少し待ってください。くれぐれも早まらないで下さいよ」
私は決意した。
三日以内にエステラとナルド公爵の決闘を回避させると。
まずは情報集めだ。
私は城内を歩いて、今回の決闘に関する風聞を集めることにした。
王宮とは娯楽に飢えた暇人の集まりで、うわさ話は格好の対象となる。私は紅色のシフトドレスを着た、若い女官の一人にさりげなさを装って尋ねてみた。
「あの、ナルド公爵とエステラ様の決闘の話だけど……」
「あっ……!」
女官は私の顔を見た時点で、険しい顔をして踵を返してしまった。
思い返してみると、私はこの城では浮いていて孤立した身。
さらに言えば血統と家門を重んじるパレット王国内で、貴族でもないのに技能だけで次席宮廷魔術師に任命された成り上がり者。
女官たちから嫌われる要素はあっても、好かれる要素は一片もない。
社交性がない人間、というのは情報調査に関してまったく不適任である。リンデという唯一の友達はいるが、彼女も理由を知らないという。
リンデは私に説く。
「ただ……和を貴ぶエステラ様が戦いの決意をされたのは、守るべきものや尊重するべきものを優先した結果だと思います」
「エステラが守りたいものって、自分の名声や家門だけだと思うけどなぁ。本当に貴族ってプライドだけ高くて嫌よね」
「果たしてエステラ様が大切にされているのが、ご自身のお立場だけかはわかりませんよ。人は皆が一律一様ではないのですから、貴族と一概に決めつけるのもどうかと。お願いですから、アルナ様だけはエステラ様を応援してあげてください」
リンデはなにやら私に含む意図があるのか、それを私が咀嚼できないのがもどかしいといった様子で伝えると、去っていった。
リンデからも手掛かりを得られないとなると、私の情報網は終わりである。
ならば、と私は方向性を変えてナルド公爵がどのような人物か、王国の記録簿を通じて彼にまつわる逸話を収集してみることにした。
曰く、ナルド公爵家は臣籍となった元王族で、権勢は憚ることを知らない大貴族。
曰く、ナルド公爵はパレット王国内でも特に保守的傾向の強い人物で、『人を見るのではなく血統と肩書を見る』と形容される。
ナルド公爵家は元々宰相として政務と軍事の両方を司っていた。
だが、一貴族があまりに強大化するのを恐れた現国王カーライト陛下により、外交と政務はマーチ宮中伯の手に、軍務はオスカル辺境伯の手にそれぞれ委任され、公爵家は弱体化。
……やっと、らしい情報が手に入ったな。
マーチ宮中伯とオスカル辺境伯。ナルド公爵が憎んでいるだろう両者がパレット王国三百年祭に際して大きな貢献をし、名声を得たのは、エステラが二つの『万能治療薬』を使用して彼らの命を助けたからだ。
正確にはエステラではなく、私が助言した結果だが。
なら、エステラを助けるために一つ、真実をナルド公爵に打ち明けて、私が頭を下げれば問題は解決するのではないか。
謝罪は気が進まない行為ではあるが、エステラの命がかかっている以上は他に方法がない。
私はさっそくナルド公爵の元を訪れた。
だが…
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