第8話 進まない縁談<3>

「ロザリア姫……私はあなたに謝罪しなければなりません」


 金髪を風に靡かせながら、白の燕尾服を着た背の高いラウール王子が、こちらは好対照な銀髪で北方に多い茶色の瞳をした姫君に頭を下げる。


「いいえ、そもそも私が最初から強情を張らなければ、済んだ話なのです。私はただ、ラウール殿下がこの国へ来る覚悟を疑ってしまっただけで……」

「覚悟ならばできております。私はミテアの人間になります。誓願の花を受け取っていただけますか?」


 ラウール王子が差し出した光沢のある青い花を受け取ると銀髪の……ロザリア姫は一瞬だけ驚いたような顔をした後、顔を赤らめそっと頷いた。

 目出度く、ここに無事パレット王国とミテア王国の婚姻は確約された。


「君の言う通りに手配して正解だったけど、一体、何が婚姻の障害になっていたんだ?」

「端的に言えば、相互不理解ですね」


 エステラを通して改めて確認させてもらったが、弁務官が言ったように詩には一切、不備がなかった。ならば残る問題は、詩とともに贈答された花にまつわる言葉。花言葉だ。


「ラウール殿下が最初に送ったモランシュツジですが、内陸部西方……パレット王国での花言葉は『献身』。ところが北方諸国に伝わっているモランシュツジの花言葉は『不実の恋』です。対してロザリア王女が返した贈答の花はやはり北方で『疑念』という花言葉を持ちます」


 調べてみると、確かに差異があったのだ。私のアルナという名前が父と母の間で異なる意味を持っていたように、花言葉にも多面性があった。


「生まれた地が異なる故の、花言葉の意味の勘違い。ラウール王子は返礼の花に込められた、静かな抗議を無視してしまったのだから、初対面時に嫌な顔をされるのも当然でしょう。詩的な感性を持つ王女が、王子の誠意を疑って父親に訴え出るのも仕方ないこと」

「なるほど、相互不理解か。じゃあ、最後にラウール殿下が送った青い花の花言葉は?」

「青い花……ミテアタフトの花言葉は『隷属れいぞく』ですよ。ラウール王子はロザリア姫に、もう一生頭が上がらないでしょうね」


 恋は惚れた方が負け、ともいうし、ラウール王子には一つ負けてもらった。

 ミテアにとって他国民であるラウール王子が、規範となる王族に婚姻を申し込む以上、事前の不勉強は恥じるべきだし、頭一つ下げた程度で許されていいとは私は思わない。

 時に他者の感情に対する愚鈍、誠意のなさは許されない行為だ。


 問題を解決し得意満面で王宮を歩く私に、以前弁務局で仲裁に入ってくれた女官が話しかけてくる。ハチミツ色の髪をした、茶色い瞳に、柔和な笑みを湛えた、私と同年代の娘だ。


「アルナ様、お久しぶりです。私は、リンデと申します。よかった。花言葉のすれ違いの件は無事解決したのですね」

「花言葉の裏事情って、あなたは知っていたの? すれ違いって、まさかあなた、最初から今回の問題点を理解していたの?」


 女官はやや恐縮した様子。


「はい、私は詩の校正を担当した、北方の出身者ですから……茶色の瞳がその証です。けれど、他国出身の私は身分が低く、花を用意する典礼官様に、直接進言できる立場ではありません。次席宮廷魔術師であるアルナ様が気付いてくださって、本当によかったです」


 彼女の説明に、私は頭を殴られたような衝撃を受けた。

 私は幼少期から、自分が特別な存在であると信じていた。特別だから、他人に疎まれるし、逆に特別な自身の行動で他人が傷ついたり怒ったりすることも、許されて当然だと思っていた。だがそれは単なる過信、傲慢だったのかもしれない。

慎む、という言葉を目の前の女性は不言実行している。職責を疑われた弁務官が怒ったように、私が普段エステラに抱いている面倒臭さのように、利己だけの追及は他者との関係を険悪化させるからだ。

 だから慎み、周囲と歩調を合わせる謙虚さを彼女は持っている。

 私がこれまで私塾やアルビスタ公の元で嫌がらせを受けてきたのは、女で若い、果たしてそれだけが理由だろうか?

 ああ、世界は広いはずなのに、私の周囲に対する見識はあまりに浅かった。


「……あの、リンデ。もし良ければ私の友達になってくれないかしら。私には多分、あなたのような人が必要だと思うの」


 気付けば声に出していた。

 リンデは最初、畏れ多そうにしていたが、やがてニッコリと微笑んで了承してくれた。

 アルナ・マリステレーゼ十六歳。人生初の友達の誕生だ。

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