第7話 進まない縁談<2>

 さて件のロザリア姫。内向的な人で、激しい感情などは表に出さない佳人という。

内向的な人は詩的感性が豊か、と聞いたことがあるので、私はまず、贈答に使われた詩の内容調査に赴いた。


「今回用いた詩は、我々が一言一句を吟味して作った物です。大陸共通語はもちろん、北方全般の語彙に詳しい者も校正の末端に加えており、遺漏ありません。それをお疑いになるということは、次席宮廷魔術師殿が弁務局の仕事に異を唱えたと受け取ってよろしいか?」


 高圧的に回答したのは、弁務官の一人である年配の女性。

 自分たちが作成した詩を疑われたのがよほど腹立たしいのか、大変に怒っている。弁務官の御付きと思しき、私と同年代の女官が仲裁に入って、ようやく収まったくらい。

 私に出世欲は微塵もない。王宮内で部署争いをしても仕方がないので、諦めると、先ほど仲裁に入った女官が私に謝罪し、別れ際にこう言った。


「上司が申し訳ありませんでした、アルナ様。ところで『言葉』とは詩だけに表されるものでしょうか?」


と。

 奇妙な謎かけだ。詩という表面に出ない言葉が、パレット王国とミテア王国を隔てているのではないか。そう言いたいのだろうか? 疑問は深まる。

 行き詰った私は気分を変えるため、父が送ってきた手紙を読んだ。

 すると、間もなく行商の道中でパレット王国を訪れるから、会いたいというもの。差し出しの日付を見るともう間もなく。私は慌てて父と会う支度を始めた。

 三百年祭を迎えて以降、城下町は活気に溢れている。舗装された石畳の上を馬車や人がしきりに往来している姿は、まさに祭りの後夜祭。

 屋台も出ており、「美人なあんたには特別に無料であげるよ」と菓子の屋台の店主から綿菓子をもらったりと、中々悪い気もしない。口中に広がる綿菓子の甘さを堪能しながら、街を市場の方へ歩いていくと、やがて前方に大きな小麦の商館が現れる。


「おお、アルナじゃないか! 宮廷魔術師としてのお役目をしっかり果たしているか、心配だったんだぞ」


 私を抱きしめてくる短い赤髪の大柄な男性こそ、父のハンス。南方に拠点を設けているが、一年の大半を交易の周回に費やしており、娘の私だけでなく妻である母ともあまり会っていない仕事人間だ。


「もう……、私は子供じゃないんだから」

「そうか……言われてみれば成長したな。だが、そうやって銀褐色の長い髪を伸ばしていると、まるで昔の母さんみたいだ。母さんは当時、それはもう沢山の男性から求婚されていたものだよ。アルナには縁談の話とかないのかい? まあ、誰であれ許可するつもりはないがな」

「結婚に興味はないし、仮にその手の話が来ても、父さんには言わないって今決めた」


 父と二人で落ち着ける場所に移動し、話し込むこと小一時間。


「それでな、娘が産まれたらアルナという名前にしようと、私は母さんに提案したんだ。アルナという名前は天に輝く大きな星、という意味だからな」


 生まれて初めて知った。自分の名前の由来。語感で決めているとばかり思っていた。


「だけど母さんは嫌がった。『私の故郷だとアルナは赤色という意味。娘にはあなたの赤髪ではなく、私の銀褐色の髪色を継いで欲しいから別の名前が良いって』と。だが最終的に母さんは折れてくれたよ」

「……そんな経緯があったのね。母さんも意外と自己主張が強いんだ」

 ん、待てよ。故郷によって、名前の持つ意味が違う? それって、もしかして。

「私、大切な用事を思い出した。もっと話したかったけど、また今度ね」


 困惑する父を放置し、私は城内に急いだ。父ならきっと、仕事の優先順位の高さを理解してくれるだろう。

 閃きが消えないように、自室の中央に陣を敷き、思考活性のための詠唱を始める。


 唱えよ、真実と根源を具象化する術を。

 魔術師アルナ・マリステレーゼが真名において答えを発せよ。

 導き出すは真理。


思考の霧が晴れすっとクリアになると共に、私の頭に閃きが走る。

真理は本来一つだが、人の数だけ異なる解釈と側面を持つ。

つまりは錯誤。

答えは出た。最初に直感した通り、白い花が問題だったんだ。

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