3章 進まない縁談
第6話 進まない縁談<1>
パレット王国の記念式典である創立三百年祭が終わりに近づくと、国の外交官たちが忙しそうな素振りを見せ始めた。
どこかの外交官が言ったらしい、「国家間の友好関係を正しく進展させるのは婚姻政策しかない」という話の実現化である。
具体的にはパレット王国の第二王子・ラウール殿下の他国への婿養子入り、とエステラから聞いている。
内陸のパレット王国には海がないから、ラウール殿下が海に面した北方の国ミテアの王家に入ることで、こちらの特産品である茶葉とミテアの特産である塩の交易を、円滑にするという話だ。
貴族の結婚はほぼ、政略結婚だと耳にしたことはあるけど、実際に自分が王宮に出仕してみると、意外と近しい話である。けれど私自身は別に貴族ではなく、技能職の平民だ。縁談なども来ないので他人の結婚話にさして興味はない。
工房に父からの手紙が届いていたので読もうとした矢先、恒例化して欲しくはなかったが、エステラが訪ねてきた。
「エステラ様、もしかしてここを茶飲み場と勘違いなさっていません? たしかに私はお茶が好きですが、それ以上に静寂が好きなんです」
嫌味を言ったが、通じていないのか面の皮が厚いのか、エステラは無視して自分の問題を話し始めようする。
「ああ困った……困った」
困った、が冠詞になりそうないつものエステラの困りぶり。
私が放置していると、彼は怒った。
「主席宮廷魔術師が悩んでいるときは、次席も一緒に悩むのが務めだろう!」
なんという暴論。なんという理不尽。困っているのは私の方だと主張したい気持ちをぐっと抑えて尋ねてみる。
「なにか問題でもありましたか?」
「まさしく問題さ。以前、第二王子のラウール殿下が、ミテア王国に婿に行くという話をしただろう? あの件がね……」
「破談しましたか?」
「まだ破談していない」
ならば破談は時間の問題ということだ。
こと貴族間の婚姻において問題になるのは、持参金の多寡や家同士の関係性と聞く。
パレット王家とミテア王家が、取り立てて不仲であるという話は聞かない。
むしろ商業同盟のために婚姻を結ぼうというくらいだから、両家の関係は良好なはず。
婚資がいくらかは知らないが、仮にも息子の持参金をカーライト陛下がケチるとも思えない。
「一体どういう理由で、破談になりかけているのですか?」
「それが……ラウール殿下との婚姻に、先方のロザリア姫が乗り気でないらしい。本来なら姫君の意向一つだけでは破談に決まらないが、ミテアの国王も娘の方に肩入れし、不満を述べているとか」
エステラは暗にロザリア姫を責めているようでもある。彼の脳内では栄誉あるパレット王家との喜ばしい縁談に応じない、厄介な姫というイメージがすでに出来上がっているのだろう。
「王侯貴族でも自由恋愛って貫けるものなんですねぇ」
「イメリア殿下をあんな風にした君が言えるセリフか?」
イメリア殿下の件はとりあえず棚に上げ、ミテア王国の姫君の度胸に少し感嘆する私。
以前なら王族不適合者と決めつけていただろうが、今は少し認識が変わっている。嫌なものを嫌と言える強い心の在り方には、シンパシーを覚えるほどだ。エステラに嫌われているという点だけでも、十分に私の同情を引く。
さて、婚姻が決まらないということは、両者の間を隔てる障害があるということ。
この場合、まずは第二王子ラウール殿下が、人として嫌われていた可能性から考えてみる。
ラウール殿下の性格は、よくも悪くも素直だとエステラが説明する。王族として奸計謀略の類に疎いと言えるが、人間としては誠実と表現できる。
容姿はパレット王国の貴族に多い、金髪碧眼で整った白色人種。剣が得意という話で体躯もよく、私の主観ではまあまあ美形だ。
容姿が良くて誠実な相手というのは、普通に考えて良縁ではないだろうか? 容姿が悪くて陰険とかなら絶対嫌だけど、ロザリア姫は変わった趣味をお持ちの方なのかしら。
「王族間の婚姻手続きって、具体的にどういう作法で行われたのですか? 私、宮中作法とかあまり勉強したことがないので」
質問にエステラが、だろうね、と余計なことを言いながら解説してくれた。
婚姻手続きは、一定の作法に則って行われるらしい。
まずは求婚者側からの、伝統的な白い花と詩の贈答。これに対して求婚される側から、やはり花の返礼。
その後、初めて両者は対面し、改めて求婚が行われる。
お預けの対面を数度繰り返した後、形式的であるが求婚された側が同意することで、無事婚約成立になるという。
「ところが中々進まないと。具体的に、どの辺りで行き詰ったのでしょう?」
「正直、最初の対面からロザリア姫は不機嫌……という具合で、何が不満なのかさっぱりわからないんだ。このままでは日を置かずして、今回の婚姻は破談となる。ミテア以外に北方への足掛かりとなる国はない。この縁談は成功させないといけないんだ」
エステラはもう何回目かのため息を吐く。
「白い花が大嫌いとか、一風変わった美的感覚を、ロザリア姫が持っている可能性は?」
「さすがにないだろう。贈答の白い花・モランシュツジは、王宮の典礼官が美しさの度合いと花言葉を厳選し、複数の候補から選んだものだ。とにかく、色々考えてみてくれ」
エステラは問題解決のアドバイスを私に求めるだけ求めて、一方的に部屋を出て行ってしまった。形式的ではないが一任した、ということだろう。
一任されたなら、あとは私が自由に片づけて問題ない案件ということ。エステラも最近は手柄を横取りするのではなくて、私を上手く働かせるほうへと変化を見せている。
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