第5話 三百年祭と命の選択<2>

 パレット王国三百年祭。

 城下に集う騎士団の煌びやかな甲冑姿に、日の光を反射しながら掲げられた剣。数百を超える騎士たちの晴れ舞台は、パレット王国の式典であると同時に、他国に対する軍事力の披露になりえる。


「さすが見事な騎士団の統率。パレット王国とはことを構えたくはないものですな」

「ですな。かねてより進めていた婚姻の話をまとめるべきでしょう。国家の関係を正しく進展させるのは婚姻政策しかない」


 城内の食卓に広く並べられ、財力を誇示する贅沢な料理をせっせと口元に運びつつ、外交官たちの話題は尽きない。

 外交・軍務共に順調で、マーチ宮中伯とパスカル辺境伯の手腕が伺える。

 社交場の様子を見ながらエステラが呟く。


「廃人化したワグナーに万能薬を使用して別の二つ目の万能治療薬を作らせ両者に使う、か。たしかに効果があったが、今一つ釈然としないものがあるな。一体どうして天命教が薬の二度の使用を認めたのか。……そもそも、なぜこの場にアルナはいないんだ」


「アルナ様、両者共に自白いたしました。各々主人に毒を盛っていたと」


 兵士の報告に、私は長いため息を吐く。


「でしょうね。王国祭の半月前に重要な人物が同時に二人も危篤状態だなんて、最初から変だと思っていたのよ」


 今回の事件の原因は、パレット王国における薬師と天命教の関係性によるもの。王国内における地位を上げたい薬師と、認めない天命教の在り方。すべてはワグナー氏とその弟子の自作自演。


 ワグナー氏は万能治療薬を実際に作った天才だけど、自分の才能がパレット王国では潰されることも知っていた。だから、マーチ宮中伯とパスカル辺境伯の元に自分の弟子を薬師として送り込み、毒を盛らせることで同時に危篤状態にさせて、万能治療薬を二つ必要とさせる。

 私がワグナー氏の回復を提案することまで、織り込んだ賭けだ。

 ワグナー氏は事件が解決すれば自分の名声が広まり、貴族たちから万能薬を求められると考えていたようだが、甘い。

 私はワグナー氏の考えを読み切り、事件解決後もワグナー氏が絶対に世に出ないようにするという条件混みで大審院を説得した。天命教の命はあるがまま、にという教義は他者に危害を加えられた者には適応されない。毒を盛られた二人の貴族に万能治療薬を使うこと自体は、天命に反していないのだ。この場合の特例とは廃人化していたワグナー氏を治療すること、一点に尽きる。


「おのれ魔女アルナ! 天命教に私を売るのか! 万能治療薬という英知が権力に葬られるとは、私はこの国に深く絶望した!」


 茶髪と髭を伸ばし放題にしたワグナー氏は、私に憎悪の視線を向けながら絶叫する。


「いや、申し訳ないけど、私は鑑定魔法でしっかり見ていましたから。万能治療薬の材料の主成分のハーブが中毒の依存症を生み出す、アジールの葉っていう危険な物だって。あなたは天才かもしれないけれど、禁忌に触れすぎています」


 太古に葉の流入を巡って戦争すら引き起こしたアジールの葉。そんなものが世の中に広まる可能性を考えたら、万能治療薬なんてなくていい。

 いや、そもそも万能なんて世に存在しないのだ。それは魔術を使わなくてもわかる世の真理。

 ワグナー氏の才能を活かす別の道の斡旋を考えつつ、私は三百年祭に浮かれる街すら歩けない、多忙な我が身と職を恨んだ。

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