2章 三百年祭と命の選択

第4話 三百年祭と命の選択<1>

 イメリア殿下の一件から半月が経ったが、私は相変わらず閑職を満喫できず、城内の一室で一瓶の薬品と睨めっこをしていた。


「これが話に出ていた『万能治療薬ばんのうちりょうやく』ですか……」

「そうなんだ。まずは真贋の鑑定を君にお願いしたいと思ってね」

「鑑定魔法って割と難しいですからね。中級魔術師のエステラ様が使えないのも当然……こほんこほん」


 怖い顔でこちらを見るエステラに本音を言わないよう努力しつつ、私は薬品に向かって詠唱する。


「唱えよ、真実と根源を具象化する術を。魔術師アルナ・マリステレーゼが御名において答えを発せよ。導き出すは真理」


 術が発動すると、やがてボウっと薬品が光り始め、どのような物体かが私に読み取れるようになる。

 同時に、リストのように材料も判明する。比率はわからないが、何種類ものハーブと鉱水が混ざった薬剤。効果は『あらゆる怪我と病気の完全治癒』ということが理解できた。


「凄い……本物の万能治療薬ですね。師匠のもとですら見たことがありません。作り方はわかりませんが、効果のほどは保証しますよ」


 断言する私に対して、エステラはなぜか困ったような表情を浮かべる。


「本物なのか。ならさらに難しい問題がある」

「なぜ? 素直に喜ぶべきでは?」

「いや、本物の万能治療薬であるなら、僕はある選択を陛下に薦めないといけないんだ。だからその……以前君には助力を願わないと言ったが、曲げて君の意見の一つを聞きたい」


 遠回しに言っているが、いつもの茶番復活である。

 


 そもそもの発端は数日前。

 パレット王国には、王族や貴族に対する服毒や怪我の癒しのために薬剤を処方する薬師という職業が存在する。薬師は他国では宮廷魔術師と並ぶ重職であるが、パレット王国の主たる国教は天命教。


「アルナも知っていると思うが、わが国では薬師の身分は低い」


 他人が関与した怪我や謀略による服毒を治すならいざ知らず、天寿である病気に対する薬剤の調合は、表立ってはできないことになっている。そのため、薬師の立場も弱く、身分も低い。


「逆境が天才を育てたのか、薬師の一人のワグナーという人物が隠れて『万能治療薬』の開発を進めていた。それが判明したのがつい一週間前だ」


 ワグナー氏は独力で万能治療薬をほぼ完成させるに至ったが、ことが天命教会の熱心な信徒に露見。『万能治療薬』の発明は天命に逆らう罪であると糾弾され、信徒たちによる壮絶な私刑の憂き目にあった。巡回の兵士が仲裁に入りワグナー氏を助けたものの、氏は頭部に重傷を負い廃人化という散々な結果。

 事態の収拾は宮廷魔術師に委任され、エステラがすべてを請け負うことになったという。

 と、ここまでは私も聞かされていた話だ。だが、とエステラは続ける。


「実は今、この治療薬を必要としている人が二人いる。一人はマーチ宮中伯。もう一人はパスカル辺境伯。どちらも国の要人だが、奇しくも今、両者同時に危篤状態にあり、治療が必要なんだ」

「病気は天命ということで諦めては?」

「本当に君は……いや普段なら天命として諦める。だが問題はタイミングだ。これから半月後に何があるかは、君も宮廷魔術師として当然知っているよね?」


 エステラの言葉に私は記憶を辿るが、どうにも思い出せない。


「なにかありましたっけ? 」

「パレット王国三百年祭だよ! なんで国家の要職を務める君が知らないんだ!」


 国家に全然興味がないからです、とはさすがに言えず素直に私は謝罪した。数日前に城下に降りた際、市中が妙に活気づいていたなぁと思い返す。

 エステラは呆れたように続ける。


「マーチ宮中伯は政務を取り仕切る立場で同時に各国の外交官への饗応役を、パスカル辺境伯は軍務を司りパレット王国各地の騎士団を招集し、国家の威容を示す行事を担当することになっている」


 三百年祭は国家の繁栄ぶりを外国に示す一大行事。その担当者が片方欠けるだけでも大騒ぎなのに、両者が同時に倒れたら進行に差し支え、大問題となる。


「なるほど、我々は今、命の選択をするという立場にあるんですね」

「嫌な言い方だが、外交か、軍務か。どちらを優先するかという話だ」


 マーチ宮中伯・パスカル辺境伯は共に働き盛りで、共に跡取りはいるがまだ若く、職務に堪えないという。


「両者の代理人を指名してはどうでしょうか? 貴族は山ほどいるでしょうに、何も二択にしないでもいいかと」

「時間があればそうしたが、王国祭を控えて半月前の今となっては交代もままならない。万能治療薬の使用も今回は特例ということで一度だけ、天命教の上層部である大審院だいしんいんに許可を取ってはいるが……」

「一度天命教の許可が取れたなら、特例に特例を重ねればいいでしょう」

「どういうことだ?」


 怪訝そうな顔をするエステラを見て、私は微笑んだ。


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