座敷わらし(自称)の女性を、深夜に拾う

黒上ショウ

座敷わらし(自称)の女性を、深夜に拾う

深夜の繁華街の道路に、女性が倒れていた。


夜の繁華街を散歩するのは危険だ。歩いていると怪しい誰かが声をかけてきて、男性も女性も甘い言葉に引っ掛けられて、損をして家へ帰ることになる。


だが、道路に倒れている女性には誰も声をかけない。すでに何かしらひどい目に遭うか損をさせられて、声をかけない方がいい状態なのはあきらかだったからだ。


通りすがりの人たちは、そのうち警察が来て何とかするだろうという顔をして、倒れた女性を避けて歩いて去っていく。


一人の青年が、女性の近くで立ち止まった。

青年はパーカーとジーンズの服装で、スーパーで買った食材が入ったビニール袋を持っている。


「大丈夫ですか?」


青年が、女性に声をかける。通りすがりの倒れた女性を心配するような、穏やかな声だった。


「…………」


女性は返事をしない。


「お酒を飲みすぎたんですか? 歩いて家に帰れますか?」


家、という言葉に女性がわずかに反応して、青年の方へちらりと顔を向ける。


女性と青年の目が合う。女性は道路に寝そべったまま、探るような目つきで青年の顔を見る。


「私、座敷わらしなの。でも家に帰りたくなくて」


「じゃあ、僕の家に来てください」


奇妙なことを語り始めたつもりだった女性は、青年と普通に会話が成り立ったことに驚きの表情を浮かべた。


「危ない女、とか思わないの? 私のこと」


「こんな深夜に歩いてる人は、みんな危ないですよ」


青年がしゃがみ込んで、ジーンズであぐらをかいて道路に座る。スーパーの袋も道路に置いて、青年は寝そべった女性の顔と笑顔で向き合っている。


「このままだと通報されて警察の厄介になるかもしれないので、とりあえず移動しませんか?」


青年は、女性に手を差し伸べた。


女性はその手をしばらく見つめていたが、やがてゆっくりと手を伸ばして、青年の手のひらをつかんだ。


二人で握手をしている状態が続いたが、女性が手を握る力がだんだん強くなって、起き上がろうとする意思が青年に伝わる。


「身体のほうは大丈夫そうですね。とりあえず歩きましょうか」


青年が道路から立ち上がると、手を繋いでいる女性もつられて立ち上がっていた。


青年が歩き出し、手を引かれた女性も少し遅めの足取りで歩き出す。


「夜の散歩が趣味なんです」


青年は歩きながら、自己紹介の雰囲気で語り始める。


「昼間は街で見かけないような人が、どこかからやってきて、夜の顔をしてるのを見るのが好きなんです」


女性は無言のまま、青年がしゃべるのを聞いて歩いている。


「今日は、お姉さんが一番でした」


楽しそうな笑顔を向けてくる青年に、妙な形とはいえ褒められたことに女性の感情が動いて、青年の手を握る力が強くなったり弱くなったりした。



「ここが、僕の家です」


青年が立ち止まった場所には、日本家屋のお屋敷が由緒正しい佇まいで建っていた。


女性は何かの冗談を言われたのかと思ったが、繋いでいた手を離した青年が、屋敷の門を自然に開けるのを見て、ぼうぜんと立ち尽くしていた。


「さっきスーパーで買ってきた食材で、夜食の鍋を作るところなんですが、よかったら食べて行きませんか?」



青年に促されて入ったお屋敷の中は古びた様子もあまりなく、観光ガイドにでも載っていそうな建物だった。


女性は客間の和室に案内されて、青年が鍋を作るのを待っていた。

床の間の水墨画の掛け軸や、立派な茶碗が飾られた神棚を眺めて、女性は青年がどんな人物なのかを考えている。


「鍋、できました。食べてください」


青年は、土鍋を両手で抱えて戻ってきて、ちゃぶ台の上に置いた。

鍋から、食材が煮込まれた美味しそうなつゆの匂いがして、女性の喉が少し鳴った。


「好きなやつ、取っていってください」


青年から鍋用のお玉と取り皿を渡されたが、女性はしばらく動かなかった。


お腹は空いているのに、どれを食べたいのか自分でもわからないように迷ったまま、女性の持つお玉がかすかに揺れる。


「鶏団子がおすすめですよ」


青年が言うと、女性は素直に鶏団子を鍋から皿に取って、箸で口に入れた。


「おいしい」


「よかったです」


鶏団子を一つ食べ終わると、女性はゆっくりと豆腐や白菜をお玉で取って、食べていった。


「自分で作って食べるぶんには美味しいと思うんですけど、誰かに美味しいって言ってもらえると何かうれしいですね」


女性からお玉を受け取って、青年も笑顔で鍋の具を食べる。


鍋を食べ終えて、青年が淹れてくれたコーヒーを二人で飲んでいると、深夜とは思えないくらい、ぼーっとした時間が続いた。


やがて、女性がつぶやくように語り始めた。


「才能がないの」


「才能? 何の才能ですか」


「最初に会ったとき、言ったでしょ。私、座敷わらしなの」


「座敷わらしの才能がない、ということですか?」


「そう。色んな家に棲んだけど、誰も幸せにならなかった。お金も家族も健康も、何も上手く行かなくて」


「それで酔っ払って、深夜の繁華街の道路に倒れていた」


「そんな感じ」


愚痴をつぶやき終えると、女性はため息をついて腕を組み、ちゃぶ台の上に顔を伏せた。


「妖怪も人間も、色々大変ですよね。役割をちゃんとこなさないとって気持ちはわかります」


妖怪という言葉を真剣な表情で口にする青年と目が合って、ちゃぶ台に顔を伏せた女性の口元に笑みが浮かぶ。


女性は顔を上げると、コーヒーの残りをゆっくりと時間をかけて飲んだ。


「なんか今、幸せって感じがする。あなたみたいな人が、座敷わらしの才能を持っているのかもね」


女性は苦笑して言ったが、その表情は何かを探し当てたようにすっきりとしていた。


「私、帰るね。本当にありがとう」



数日後に、女性は菓子折りを持って青年の家を再び訪れた。


しかし、家があったはずの場所にはよくある雑居ビルが建ち並んでいて、日本家屋のお屋敷はどこにも見当たらなかった。


辺りを歩き回ってもスマホで地図を検索しても地元の住人に聞いても、そんな家は見つからなかった。


だが、女性が屋敷を探し歩いている道は、あの日の深夜に青年と手を繋いで歩いた、繁華街に繋がる道路だ。


騙された──いや、化かされた?


青年の正体がどんな人間なのか、もしくは人間ではないのか、女性が酔っ払って見た夢なのかはわからなかった。


でも女性の気分は晴れやかで、大声を出して笑ってしまっていた。


周りを歩いている人たちは不思議そうな顔をして、笑う女性の姿を見ながら通り過ぎていく。


「あの人の家を探し出して、住み着いてやる」


恨みごとのような怖い言葉をつぶやきながら、女性は幸せそうに微笑んでいた。

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