夢を見るなら

@chauchau

誰だって


 誰だって主人公のほうがいいに決まってる。一度の人生を楽しく生きることが一番だ。

 わからず屋の両親はいつまでも子どもみたいなこと言わずに勉強しなさいなんて言うけれど、勉強なんか何の役に立つんだ。それより異世界に呼ばれてもいいようにサバイバル知識を身に付けたほうがよっぽどためになるってもんなんだ。大人はそんなことも分かりやしないんだ。


 母親にバレないように今夜も家から抜け出した。

 昼間とは違う顔を見せる暗い街のなかを僕だけが、いや、俺だけが歩いている。いま、この世界は俺のものだ。きっと、絶対、必ず、俺は漫画みたいな不思議な出来事に巻き込まれてカッコいい主人公みたいに大活躍するんだ。


 そう、思ってたわけなんだけど。


「どうして一般人が結界のなかに入ってきてるんだ!!」

 鬼のような化け物と日本刀で戦う青年が血塗れで叫んでいる。


「ぼくと契約して魔法少女になるぽよ」

 バカみたいに甲高い声でうさぎが話し掛けてくる。


「くくく、匂う。匂うぞ……! 貴様の身体に流れるその血、まさしく余を封じこめた憎きあの女の血!」

 銭湯の煙突の上でマント姿で犬歯の長い男が不適に笑っている。


「べ、べつにあんたのために待ってたわけじゃないんだからね!」

 夜中なのに制服を着た女がトーストを咥えて突進してくる。


 ほかにも、女神様みたいな人とか、山賊みたいな人とか、戦闘機に乗った人とか、箒にまたがって空を飛んでる人とか、竜とか、歩く巨大な木とか、大きな山犬とか……。


 多い多い多いって!?

 願ったけど! 願いましたけど、多いよ! 多すぎるよ! 色んな導入が選びたい放題じゃん!

 走って逃げた。そういうことじゃない。なんでもかんでもたくさんあればいいってわけじゃない。

 こっそり抜け出していたことも忘れて大慌てで自分の部屋のベッドに飛び込んだ。


 ああ、やっぱり母さん達は正しかった。

 夢を見るなら、ベッドのなかが一番いい。

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