第32話「道中の墓」

仕事で何度か、ある農村に取材をする機会があった。


地元のご老人に話を聞いた帰りに道、視界の端まで広がる田園風景の中、道の先にしゃがみ込んで手を合わせている老婆がいた。

通り過ぎ際に少しだけ歩くスピードを緩めてみて見ても、老婆の拝む先には石碑も何も存在していなかった。

ただ、彼女が持って来たのであろう真新しい花の生けられた花瓶と、饅頭が綺麗に揃えて置かれていた。

老婆の方は、黒里に気が付いた様子もなく一心不乱に祈り続けている。


(これで三回目だ…)


黒里はバス停へ足を向けながら、そう数を数えていた。



黒里がその村へ取材をするようになって今回で五回目。

つまり、毎回そこには「何もない場所で手を合わせる老人」の姿があった。

流石に人は違うようだが、皆一様に何もない場所に向かって熱心に何かを拝んでいるのだ。

初めて目にした時に気になった黒里は、取材相手の老人に聞いてみたことがあった。

すると老人はあっけらかんとした顔で、


「さぁ、誰も分からんままやってるんでないかな」


と頬を掻いていた。

つまり、そこに何があるかは分からないが、それが習慣となっているから続けているだけなのだろいう。

納得はしたものの俄然興味の沸いてしまった黒里は、何か出てくる情報はないものかと拝んでいる老人に直接話を聞いてみたり、公民館の資料庫などを訪れてみたが、これといった経緯を知ることはできなかった。






結局その後取材の方が終わってしまい、それ以来その村には行っていない。

それでも黒里はたまに思い出しては、今もあの習慣が続いているのだろうかと思いを馳せるのだった。

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黒里怪談 文生月ふみ @saiseisia4

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