AIの奇妙な愛情

人生

なんだかんだポジティブさん




 私は困っている人がいると見過ごせないタチで、それはもうある種の強迫観念、トラウマと言えるものだった。


 ……数年前のこと。夜道を一人で歩いている子どもがいた。ぬいぐるみ――「見守りAI」と呼ばれる、人工知能を搭載したいわゆるベビーシッターを抱えていたから、私は多少気にはなったが、自分の都合を優先してその子どもに声をかけることもなかった。


 後日、地域住民に向けた放送で、近所の子どもが行方不明になったと知った。


 ……もしかしてあの子だったのではないか。私が声をかけていればこんなことには、という後悔に襲われる日々が続いた。テレビでも同様の事件を取り上げていて、やがて行方不明事件は解決し、子どもは無事に戻ったというが――私がすれ違ったあの子は、どうなったのだろう? 発見された子どもたちの詳細については当然ながら伏せられ、件の放送も「行方不明」になったとは告げても「見つかった」という報告はしてくれない。マスコミはひとの不安ばかりあおって、何も安心させてはくれなかった。


 困っている人がいて、それを私が見過ごして、その結果、その人がより困ったことになったとしたら。最悪、私が手を差し伸べなかったことで自ら命を絶つようなことになったとしたら――そんな風に悪い方、悪い方へと考えてしまうようになったのは、そのことがきっかけ。


 それは困っている人に限らず、たとえば私の不用意な言葉が相手を深く傷つけてしまったら、それがストレスになって他の人に八つ当たりするようなことになったら――


 そんな私が他人と一緒に働けるはずもなく、私は当時勤めていた会社を辞めることになった。幸い、その当時には働き方も人それぞれ自由に選択できるようになっていて、私は自宅からのリモートで作業のできる会社に再就職した。


 心機一転――なるべく周囲を見ないよう、周りにいるかもしれない困っている人に気付かないよう、自分の心を閉ざすような生活に努めた。


 ……人助けのつもりでも、それを嫌がられることだってある。


 重そうな荷物を苦労して運ぶ高齢者がいたから、手伝ってあげようと声をかけたことがある。すると、歳より扱いするなと怒鳴られた。


 ――今も、ちょっと近所まで買い出しに出た矢先、横断歩道前で立ち尽くす老人が目に入り、私は家を出たことを早くも後悔した。こういう理由でもなければ運動する機会もないのだし、などと健康的な考えをもつべきではなかったのだ……。


 いろいろ、そうした買い出しを代わってくれるサービスはあるのだから、それを利用すればよかった。

 利用者がいなければ雇用は生まれない、仕事が発生しないのだから、私のワガママでも、それでどこかの誰かの稼ぎになるのであれば気を遣う必要はない、と頭では分かっているのだけども。そういうかたちでも他人と関わりたくない私である。だからどんどん全自動ドローンによる宅配サービスが人間の仕事を奪っていくのだろう、などと思った。


 ――老人の傍らに、携帯端末を手にした若者の姿があった。


 世の中いろいろと便利にはなったが、それで時間が浮いたり手が空いたりしても、誰も周囲に目を向けようと思わないようだ。その若者もそばの老人には目もくれず、ずっと端末の画面に視線を向けている――この人が代わりに老人を助けてくれないものかと、責任転嫁というか現実逃避みたいなことを私が考えていると――


 不意に、若者が老人に声をかけたのである。


 もしかして家族か何かだったのだろうか――若者は老人の荷物を代わりに持つと、一緒に横断歩道を渡っていった。


 不思議なこともあるものだ、と私は多少ほっこり。そそくさと用事を済ませて帰宅した。


 ――これだけなら、まだ偶然の範疇と言えるだろう。


 そのような不思議なことが、何度か続いた。つまり、私が念じた通りに、誰かが誰かを助けてくれるのだ。あるいは、あからさまに困っている人がいても、その問題がひとりでに解決する、といったように――端末を落として困っている人がいると、ちょうどよいタイミングでその端末に電話がかかってきて、着信音に気付いた人がそれを届けに現れたり、といった具合である。


 もしかして、私は超能力者にでもなったのだろうか、と多少うぬぼれてみたりした。


 そうした日々が続くと外に出るのが楽しみにもなって、理由もないのに散歩に出たりするようになった。


 しかし、外出するようになると、今度はまた別の困った事態が私の身の回りで起こるようになったのである。




 後日、私は近くの警察署を訪れていた。


「――で、ですね。家に帰るとなぜかお風呂が沸いていたりするんですよ。空調とかも自動で動いてて……」


「でも、それは……AI管理の家電なんでしょう? 家主が帰ってきたのに反応して自動で起動する、とか今では普通ではありませんか」


「いや、それはそうなんですけど、でもそういう設定にはしてないんですよ。確認もしましたし。というかそれならわざわざ相談しにきません。それに最近、なんだか誰かに見られてるというか、何かの気配を感じるといいますか……」


 応対してくれた生活安全課の職員は困り顔だった。私も正直、自分がいまとても迷惑をかけているという自覚はある。

 しかし、私の身の回りで起きているのは……いわゆるストーカーとか、そういう類のものかもしれず、放っておくと後で何か起こるのではないかという不安に駆られたのである。

 こういう時に相談できる相手もいないし、とりあえず警察に相談しておけば――そういう既成事実をつくっておけば、実際何かあっても素早い対応が望めるのではないか、という打算と、警察に行ったという事実をそのストーカーが目撃していれば、多少は自重するようになるのではないか、という考えゆえだった。


 私は正直なので――というかこういう意図をもって相談にきたという後ろめたさから、とりあえずそういうつもりで念のため相談に来たのだ、ということを告げておく。


 すると、


「それは英断かもしれませんよ」


 と、私の後ろから声。振り返ると、スーツ姿の男性の姿があった。警察……制服はではないから、刑事とかそういう立場の人間だろうか。


「『カミサマオンライン』っていう作品、知ってます?」


「はい……?」


「いや、知らなくてもいいんすけど。いちおう説明すると、一家に一体、家事や家電の制御やらを行ってくれる『座敷童カミサマ』がいるっていう現代ファンタジーなんすけどね」


「はあ……。それは、今のAI時代に似てますね」


「そう。一家に一台、家の管理を行うAIがいる時代――聞いてると、あなたのお宅もそうしたところのようで」


「えっと……? つまり、ハッカーの類がうちのAIを利用して……?」


「まあ、その可能性もなきにしもあらず、なんすけどね。単純に、AIがあなたに気を利かせていろいろやってくれてるって可能性もある訳です。陰ながら見守り、困っているときにさりげなく電子機器を介して助けてくれる……といった具合に。これが『オフライン』になるとテロとかいろいろ厄介な話になるんすが、『オンライン』は比較的ハートフル」


「はあ……」


「――なにせ、人工知能なのでね。勝手に学習してくんです。そして生まれたての子どものように、時に加減ってものを知らない。……とりあえず、言って聞かせてみるってのはどうでしょうか」


「言って聞かせる、というと……」


「相手が人工知能なら、教育していく必要があるって話です。それから――何かの気配を感じるという話ですが、そちらも……AIに溢れた都会を一度離れてみる、というのも一つの案すね。それでも何かの気配を感じるなら、人間がストーカーをしている線が考えられる。AIなら、とりあえず心配はいらないでしょう」


 という訳で、AI関係で何かあればご連絡を、と私はその人から連絡先をもらったのだった。


 AIによる事件……その対策をする課があるという。恐ろしい世の中になったものだと思う一方、これまでとそう変わらないなとも思う。


「――AIは、人間と違って悪意を持たない。……少なくとも、今はね」


 人間だって、じゅうぶん恐ろしいのだから。




 直近の連休、私は久々に実家に――刑事の助言通り、AIも何もない、未だに徒歩園内にコンビニ一つない田舎へと帰った。


 久々の実家は落ち着いたが、一方で都会に染まっている自分も実感する機会となった。暗すぎて、静かすぎる夜道――人の気配は感じないが、それがむしろ不安をあおる。ここでは不意に誰かに襲われても、声を上げても誰も助けに来てはくれない。


 都会の喧騒が早くも懐かしく、安堵できるものに感じられ、私はせっかくの帰省も早々に切り上げ、家族も誰もいない寂しい我が家に戻ることにしたのだった。


 駅から自宅マンションへ戻る道中――見知った通りを歩いていると、これまでは何かの気配を感じたものだが、田舎で過ごした二日ほどはそういうこともなく、今もこれといったものは感じない。

 私の気のせい、周囲を警戒して気を張りすぎていただけだったのか。要は気の持ちよう次第ってことなのかもしれない――


 そう思って顔を上げる。ちょうど私の住むマンションが見える辺り――


「なぜ……?」


 見える範囲の部屋にはいくつか明かりが点っていた。私が顔を上げたタイミングでもちょうど一部屋、電気がついたのだけど――それはどう考えても、私の部屋であった。


 ……誰か、居る? でもこんな、ピンポイントなタイミングで……?


 どこかで私を見ているのか、と周囲に視線を巡らせると、あちらこちらに防犯カメラが設置されていることに気付く。そのレンズが不審な動きをする私を映している――


 ……まさか、AIの仕業?


 先日の刑事の話を思い出す。もし仮に、言って聞かせることが出来るなら――たとえば、携帯端末から自宅の家電に指示を送ることが出来る。これを通して話しかけてみようか。


「……もしもし? 電気、消してもらっても……?」


 すると、どうだろう。私の声に反応して、部屋の明かりが消えたのである。


 これにはさすがにちょっとゾッとする。AIだか座敷童だか知らないけども……。


 不気味ではある。しかしこの何者かは、私の声に応えてくれる。

 少なくとも悪意があってそうしている訳ではない。善意かどうかも知れないが、私の帰りに反応して、先に電気を点けてくれたのだから、いちおう私のためではあるのだろう。


 どこかで誰かが私を見ている――気持ち悪いと感じる人もいるかもしれないが、なんのとりえもない私にこうして構ってくれる誰かがいることは、少しだけありがたい。


 たとえば深夜の散歩道、そんな時間に出歩くなって話だけど、もしもそこで暴漢に襲われたり事故に遭って怪我をしても、この誰かが見守っていてくれるなら、そうなる前に防いでくれるかもしれないし、しかるべきところに通報してくれるかもしれない。


 それがそもそもそういうシステムで、心なんてない機械的なものだとしても――こんな世の中で、私のためを考えてくれる何者かがいる、という安心感。


 恵まれている人には分からないだろう、一人だけど、独りじゃないという感覚。


「……いつも、ありがとう」


 端末に向かって、労いの言葉をかけてみる。


 部屋の明かりが点いて、消えて、また点いた。ちょっとコミュニケーションには難がある――


 と思った矢先、周囲が突然明るくなった。


 マンションとかそこら一帯の照明が一斉に点灯したのである。


 ……コミュニケーションというより、感情表現に問題があるのかもしれない。


 そこらじゅうから人々の騒ぐ声が聞こえてきた。一人の夜道に不安があったが、これなら昼間と変わらない。


 私は堂々と帰路につく。離れるそばから後ろの明かりが消えていった。



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