第22話 美を極めるために

 入寮、身体検査、いきなりの美戦。

 入学式、成績最優秀者として登壇させられて、その上に主席候補。

 怒涛の二日間から数日が経っても、未だに実感なんて湧かない。

 評価されることはもちろんうれしい。だけど、評価されすぎるのも怖いと思ってしまうのだから、私という人間はめんどくさい。

 もちろん、美への探求心は日々増すばかりだけれども。

 時に授業終わり───。


「先生、先日の香水学にて学んだ知識を元に、アロマを調合してみたのですがいかがでしょうか。花の美しさは際立っているでしょうか。今回は、かわいらしさを軸に甘めの香りをメインに選んだのですが、うまく表現できているでしょうか。ぜひ、教えていただけたら幸いです」


 授業で学んだことを即実践しては、その成果物の可否を確認してもらったり。

 またある時は放課後───。


「もしお時間がよろしければ、美戦の稽古をつけてはいただけないでしょうか。いまいち私の中で戦いの美しさを掴み切れていない気がしまして。詳しく教えていただく必要はありません。ただ組手を通して、美しさを教えていただければなと思っております」


 道場へ自分磨きを行おうと向かう先生を狙って見つけては、訓練をつけてくれとお願いもしたり。

 さらには昼休みの時間も使ったり───。


「ハンドケアでお忙しいところ失礼します。以前、美手授業にておっしゃっていたケアの方法を、おヘソで行ってみたので状態を確認していただきたく伺いました。もしも間違いがあったらと思うと不安で。少しでもいいので、診て貰ってもよろしいでしょうか」


 保健室に赴いては、保険医と美学教師を兼任している先生に身体検査をしてもらったりと、日々試行錯誤を繰り返している。

 だけど、一向に安心感はない。成績最優秀者としても、主席候補としても、今の自分がそれに見合っている実感はない。

 もちろん、両方とも誰かに譲り渡す気はない。

 まったく知らない人でも、エールでも。そして同じ成績最優秀者のフローラにでも。


「うーん……どうしたものかなぁ……」


 いよいよお手上げだ。

 美を極める学園とは言っても、あくまで学ぶ意欲のあるものにとっての話。勝手に美しくなっていくものではない。

 なにせ、基礎的な美学は学べても応用系になればなるほど、先生に聞きにいかなければ学べられない。

 人それぞれ美しさの基準が違うように、先生としても全員まとめて別々の美しさを教えることなんて出来ないのだから。

 だからこそ、意欲的にならなければ美しさを磨くどころか、新しい魅力を身につけることすらできない。

 もちろん、新しい美しさを教えて貰ったからと言って、それが自分にあったものだとは限らないのだけれど。

 まさに、今の私のように。


「また一人で悩みごと? たまには私を頼ってよね?」


 一人悩んでいると、肩口からエールが顔を覗かせていた。

 振り返りざまに甘くも爽やかな香りが鼻腔をくすぐり、一瞬何に悩んでるのか忘れてしまいそうになる。

 そうか、もうそんな時間か。

 窓の外を眺めてみれば、外灯が点いていた。すっかり夜だ。


「ごめん、エール。部屋に戻ってたんだね」

「うん、ついさっきね。シルヴィお姉ちゃんのところから戻ってきたところ」


 ここのところ、エールはシルヴィさんにべったりだ。

 けれどただただ甘えているのではなく、何かを学んでいるみたいだ。そのせいか、日に日にエールの美しさが増していく。

 私がいろんな先生から美しさの何たるかを学んでいるときに、エールは同じ派閥のシルヴィさん直々に女神様の教えの理解を深めているのだろう。

 負けられない。友達だからこそ、同じ主席候補だからこそ、エール以上に頑張ろうと思えてしまう。

 私には同じ派閥の人はいない。それはそうだ。ネーベル様を知っているのはきっと私だけだろうから。

 だからこそ、私は私のやり方で、美しさそのものの理解を広げていく。

 そして、自分なりの答えに落とし込む。これが今の私に出来ること。

 とはいえ、だ。自分のことだけを考えるのは一旦ここまでにしよう。なにせ、もっと大事なことが今目の前にあるのだから。

 そう───エールがあのシルヴィさんの元から帰ってきたという大事なことが。


「大丈夫? 変なことされてない?」


 自分のことを考えるのをやめた私は、すぐさまエールの肩を掴んでは、肌の見える範囲で異変が無いかを確認をする。

 肩や首筋、鎖骨。腕、手の甲、指先。

 スカートから覗く膝に、太もも、ふくらはぎ。

 パッと見確認できる範囲には、特に異変はなかった。それどころか、きめ細かくケアされていて、嫉妬を覚えてしまう始末。

 だけど、これだけで油断できるほどシルヴィさんはそう、甘い相手ではない。

 だってそうだろう? 隙あらば、エールや私のお尻や体を触って楽しもうとするのだから。


「んもぉ、またそれ? リノは気にしすぎだってば。シルヴィお姉ちゃんだって、一日中変な子とするわけじゃないんだよ?」

「そうは言ってもシルヴィさんだしなぁ」

「リノはシルヴィお姉ちゃんに厳しいね」

「エールが甘すぎるんだってば。あとでチェックするからね?」


 エールはことあるごとにチェックを行う私に文句を言うけれど、仕方ないじゃない。

 エールがかわいいのが仕方ないんだよ?

 エールに危機感があったら、こんなことにはなってないんだよ?

 もっと……もっと自分はかわいくて美しいのだという自覚を持って欲しいと心の底から思う。

 けれど、どうやらエールにも何やら言いたいことがある様子。今日はいつもと違って、少しばかり目が真剣だ。


「リノだって人のこと言えないじゃない」

「え、何か言った?」

「ううん、なんでもない。リノは今日もかわいいな~ってだけ」

「なんかはぐらかされた気分」


 シルヴィさんにさんざん言われててきたからか、かわいいという言葉にあまり響かなくなってきている自分がいる。

 もちろん、褒められるのはとてもうれしい。もっと褒めてほしいとも思っている。

 けれど、やっぱり言葉一つ一つを大事にしてほしいとも思ってしまう。

 おかげさまで目をみれば軽口なのか、本気なのか分かるようになってしまった。


「結構本気なんだけどなぁ」

「ならいいんだけど」

「じゃあ、今確認してみる?」


 今のエールは、本気だ。


「……うん」


 どうやら私は、本気のエールにはめっぽう弱いみたいだ。

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美煌戦姫〜美を極める学園で勃発する少女たちの美戦〜 こばや @588skb

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