第21話 完成度と期待度

「それにしても、首席候補かぁ……」


 レクリエーションあらため、美戦講座が終わったところで教室移動。運動場から通常授業を受けるため自教室に戻る最中の廊下を、一人ごとを口にしながら歩いている。

 同じクラスの人はどこかよそよそしく、とても話しかける雰囲気ではなかった。

 一人でいるのは慣れっこなため、あまり深くは気にすることはないのだけれども、それでも避けられているという事実にはクるものがある。

 こういうときほど、エールがそばにいて欲しいんだけどなぁ……。


「まさか、エールにあんな一面があったなんて」


 エールがシルヴィさんに尊敬の念を抱いているのは昨日だけでよくわかった。

 そして、その尊敬がただの尊敬に収まらないことも、なんとなく分かっていた。

 けれど実情までは分かってなかったみたいだ。

 まさか、あそこまで本気だとは……。

 シルヴィさんのことを語っているときのエールは、それはそれはもう普通じゃない。

 目は座り、呼吸も荒く、誰の声も届かない。

 ただただ、シルヴィさんへの想いを気の済むまで吐露していく。

 恋をしているかのようなエールの姿は、止めることを忘れるくらいに美しかった。

 それもこれも、私たちを主席候補に推薦したシルヴィさんのせいだ。


「うん、やっぱり実感は湧かないや」


 もちろん、シルヴィさんには感謝している。

 きっとシルヴィさんの口添えが無かったら、主席候補どころか成績最優秀者にすらなれていない。

 フレア先生と手合わせすることも無かった。

 シルヴィさんがいたからこそ、貴重な経験をさせて貰えている。これを感謝せずにどうするというのだろう。

 とはいえ、だ。感謝とは別に思うことはある。たとえば、そう───。


「昨日もだけど、シルヴィさんは突然すぎるよ……。もっとこう、事前に教えてほしいなぁ……」

「ん? 何か言った?」

「え?」


 サプライズ症候群とでもいうべきなのだろうか。

 何かするにしても、シルヴィさんが関わるとどんなことでも唐突に思えてしまう。

 いや、実際問題シルヴィさんに関することで驚かなかったことが無いかもしれない。

 それほどまでに、彼女にサプライズが付きまとっている気がしてならない。

 キリリとした立ち振る舞いから醸し出す、『それがどうした』と言わんばかりの風貌には、美しさを覚えずにはいられないのだけれど。


「やぁ、リノちゃん。さっきぶり。その様子だと、もう一つのサプライズにも喜んで貰えたみたいだね」

「喜ぶ余裕なんてなかったですよ! 先生に軽くあしらわれて、その状態で私やエールが首席候補だなんて言われて……どういうことか説明してください!」

「どうどう、落ち着いて落ち着いて。一旦私のお尻でも揉んどく?」

「揉みません!」

「ちぇー。私のお尻を餌に、リノちゃんのおヘソの様子を確かめたかったんだけどなぁ」

「油断も隙もありませんね」


 本当に油断も隙もない。

 私との会話の合間にゆっくりと距離を詰めて、いつでもお腹を確かめられる準備を整えているのだから。

 たとえシルヴィさんのお尻を確かめられるとしても、今じゃない。

 少なくとも、ムードだけは作って欲しい。それくらいは選ぶ権利はあるはずだ。

 いや、そもそもお互いの美の象徴を触り合うというのもおかしな話ではあるけれど。

 本来、そう簡単に触らせる場所ではないのだから。


「とまぁ、冗談はここまでにして……首席候補の話だよね」

「割と本気だった気がするんですけど」

「え〜? そんなことないよ〜?」


 冗談混じりで笑っているけれど、本気でがっかりしているところを見るに結構本気だったのだろう。

 本当の本当に、シルヴィさんに隙を与えちゃダメだと分かった。


「そもそも、成績最優秀者と首席の決め方が少し違うのよ。どっちも、美的感覚だったりプロポーション、女神様への信仰度を見る点は変わらないけどね」

「見るところは一緒なのに、違う……?」

「そ。見るところは一緒だけど、見方が違うの」


 私がシルヴィさんに危機感を覚えている中、問題の本人は本題の説明を始める。

 似て非なる、成績最優秀者と首席の違いについて。

 見方が違う。その言葉を聞いても私はいまいちピンと来なかった。

 美的感覚は当然、磨いてきたつもりだけれど、プロポーションに関してはどちらにも引っかかる自信はない。

 女神様への信仰度なら誰にも負ける気はしないけれど、それは誰にでも言える。

 ますます、違いがわからない。

 混乱を極める私を見かねてなのか、答えを明かしてくれるシルヴィさん。


「正解は、今の完成度と今後の成長期待度よ」

「完成度と期待度……それって、どういう……」

「これ以上は、流石に自分で考えてみてね」


 答えを聞いても、もやもやが消えることはなかった。

 むしろもやもやが増した気がする。

 けれど、嫌なもやもやではない。むしろ、心地よさすら覚える。

 結局、どこをどう判断しているのかの具体的な指標がわからなかった。

 だけど、期待しているということだけは分かった。

 期待されている。それが、ものすごく嬉しくてたまらない。


「本来は、成績最優秀者と首席候補の人選はもうちょっとバラけるはずなんだけどね。どうも今年は、いい新入生が固まってる気がするよ」


 私の思いに呼応してなのか。それともたまたま重なったのか、どこか嬉しそうにするシルヴィさん。

 全身を使って、可憐にその感情を表す彼女に見惚れてしまう。

 そう、油断していたときだった。


「もちろん、キミたちのことだよ、リノちゃん」

「───っ!」


 人差し指でさされたとき、妙にドキリとしてしまった。

 なるほど、エールがシルヴィさんに本気になるのがよくわかる。

 この人は、動作ひとつひとつが美しすぎる。それこそ、毒に感じてしまうくらいに。

 飲み込まれちゃダメだ。そう頭の中では分かっているのに、危険信号を示しているのに、目が離せない。

 先輩の白銀の輝きに心を奪われてたまらない。

 私に口止めをするときでさえも。


「あ、でもエールちゃんにはこの話は秘密ね。あの子には、焦らずに美しさを磨いてほしいから」

「あー、それがですね」

「ん?」


 できれば、先輩の願いには応えたい。それは、私を評価してくれている彼女への礼儀だと思うから。

 そして何より、一癖二癖ある先輩でも、歳上とか関係なく尊敬できる人だから。

 そんな人の期待には応えたいと思ってしまうのは仕方ないことだろう。

 けれど、それは───可能ならば、という条件付きにはなってしまうけれど。

 だってそうだろう?

 少なくとも、私とエールにはそれぞれが首席候補だという話がフレア先生から告げられているのだから。

 しかも、シルヴィさんの口添えがあったとの情報付きで。

 知り合って日の浅い私ならともかく、シルヴィさんと深い付き合いのあるエールが何もしないなんてことがあるはずがない。

 たとえば、そう。エールがシルヴィさんを求めて学園中を走り回っているとか。


「シルヴィお姉ちゃん見つけた!!」

「え、エール?」


 タイミングがいいのか悪いのか。

 説明を受け終わったタイミングで、エールが廊下の奥から現れたではないか。

 そして当然のように、一目散にこちら───というより、シルヴィさんに向かって走り寄ってくる。

 それはもう、昨日の私のように。

 唯一違うとすれば、そこに『攻撃意志』がないことくらいだろうか。

 なにせ、彼女が走り回っているのはシルヴィさんに感謝の気持ちを伝えるためなのだから。


「お姉ちゃんありがとううう!! 私、頑張るからぁああああ!!」

「ちょ、エール!? もしかして、もうエールにも首席候補の話伝わってるの!?」

「そりゃまぁ、先生がエールにも『お前も首席候補だぞ』って伝えてましたし」

「ちなみに、その先生の名前って」

「フレア先生です」

「相変わらず、口の軽い……っ!」


 どうやら、フレア先生の口の軽さは学園中の誰もが知っているようで、少しばかり表情を歪ませるシルヴィさんの様子がそれを物語っていた。

 けれど、それ以上にエールのシルヴィさん愛が溢れる。


「お姉ちゃん好き好き好き〜〜!」

「エールちゃんも相変わらず、だね」


 苦笑しながらも、エールの頭とお尻なでなでる姿のシルヴィさんには、どこか神々しさすらも覚えるのだった。

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