エピローグ

 一週間後、劇団はアダムの家で打ち上げパーティーを行った。この打ち上げパーティーは正式なパーティーとは言えない。参加した人はいつもアダムの家で暇をつぶしていた人達だった。

 夜七時、慶浩は約束の時間にジョナサンの家に来て待ち合わせをしていた。慶浩がベルを鳴らそうとした時、元々リビングルームのソファで待っていたジョナサンはすぐに跳ね上がった。彼の手には母が用意してくれたアップルパイを持って、ドアを開けると、慶浩の燦然たる微笑みが見えた。

「俺を待っていたのか?」と慶浩は言った。

「ちょうど時間を合わせていただけ」ジョナサンは彼をチラッと見た。

 彼らが正式に付き合ったことは慶浩の彼に対する態度に影響しなかったとジョナサンは思った。もし何かが変わった所があれば、慶浩が彼をからかう内容がより厚かましくて歯が浮くようになった。そしてそれに慣れるにはもう少し時間が必要だとジョナサンは思った。毎回慶浩がその類の言葉を言った時、ジョナサンは無意識に自分の顔を隠したくなった。

「楽しんでおいて、息子」ジョナサンの母はキッチンで叫んだ。

「わかった!」ジョナサンは叫び返した。

「ハロー、クリスティーン!」慶浩は声を上げて、家の中に向けて叫んだ。「安心して、俺がちゃんと彼の面倒を見る!」

「おう、私は全く心配していないわ」母は歌っているような口調で答えた。

 ジョナサンは怒りながら慶浩を睨んだが、相手はただニヤリと笑っていた。

「君はまだ彼らに教えていないのか?」

 ジョナサンが慶浩を押して家のドアを離れた時、慶浩は尋ねた。

「まだだ」

「それは悲しいすぎる」慶浩は彼に向けて顔に皺を寄せた。「俺らの関係がそんなに恥ずかしいのか?」

「そういうわけじゃないから、ね?」

 ジョナサンは逆手でドアを閉め、慶浩と一緒に歩道を歩いた。

 慶浩の手にはある箱を持って、気ままにポケットに片手を入れた。「知ってる?君の両親は本当に俺のことが好きだ」

 その言葉を聞いて、ジョナサンは白目をむいた。そうだ、ジョナサンの友達として――もしくは彼らの友人として——彼らは当然ながら慶浩が好きだ。しかしそれは彼が自分の息子の彼氏になってもいいわけではない。

 ジョナサンは自分の両親が同性愛者に対してどのように思っているのかわからない。もっと正確に言うと、彼らは自分の息子が同性愛者であることに対してどのように考えているのかわからない。彼らは一度もゲイパレードを批判したことも、ゲイに関する議題に攻撃的な言論を発表したこともなかった。しかしジョナサンは彼らも自分の息子がその一人であることを受け入れられるという予測を立てられなかった。

 この時間の中、ジョナサンと慶浩の関係を知った人は、何人かの劇団のメンバー以外はハイリーしかなかった。ジョナサンの要求で、ハイリーはありがたくこの秘密を守ってくれて、ジョナサンの家に行った時もこのことを口にしなかった。

 ジョナサンはこのままだと不公平だと知っている、特に慶浩に対しては不公平だ。彼らの関係が変わったことで、ジョナサンはあえて慶浩を自分の家に入れたくなかった。慶浩がうっかりと――もしくはわざと――口を滑らすと心配していた。ジョナサンは自分の両親がこのことを聞いた時、どんな表情をするのか想像することすらもできなかった。これじゃまるでジョナサンが心許ないのように見えるが、彼も暫くの間にどうすればいいのかわからなかった。

 彼が解決策を思いつくまたは勇気を出す前に、彼は暫くこの問題を片付ける必要がないふりをすることに決めた。

「彼らに知らせるよ」とジョナサンは答えた。「僕が言い方を思い付いた時に」

 慶浩はこのことでジョナサンにプレッシャーをかけ続けていなかった。彼は笑みを浮かべて、そしてジョナサンに手を差し出した。ジョナサンは少し躊躇って、彼の手のひらを握った。彼らの隣人が彼の動きを見ていないことを密かに願っていた。

 彼らがアダムの家に着いた時、他の人はもう着いた。慶浩はベルを鳴らして、ドアを開けてくれたのはアンソニーだった。

「本当にここを自分の家にしているんだ、おう?」慶浩は口を開いてアンソニーをからかった。

「くそッ」とアンソニーは答えた。しかしジョナサンは彼の表情に、以前のような、振り切れない重苦しさと引き締まった感じが消え去った。彼は頭を振り向いて、傍に立っているジョナサンに向けて笑顔を見せた。「へい、ジョナサン」

「えっと、ハロー」ジョナサンは急いで答えた。今になっても、彼は未だにどうやってアンソニーと付き合えばいいのかわからなかった。アンソニーは依然としてあまり彼と話さないが、少なくとも侵入者を見ているような眼差しで彼を見ることはなかった。もしかしたら、彼が慶浩と付き合い始めたお陰かもしれないと彼は推測した――慶浩がこのグループに属しているのなら、ジョナサンも当然ながらそうだ。

 アンソニーは一歩下がって彼らを中に入れた。

 玄関に入ってすぐ、ジョナサンは家の中の雰囲気の差を感じた。彼は何週間前に初めてアダムの家に来た時、家の重苦しい雰囲気で彼は殆ど息ができず、まるで家に座っている人々の肩に重い重量を背負っているようだった。彼は、アダムが誰かが彼の家で2チャインズのWe Own Itを流すことを許したとは思わなかった。ラップよりも、アダムがシアやアデレ、またはバディーのファンのように見えるとジョナサンは思った。しかしこの曲リストはアダム一人で編集したものじゃないと彼は疑っていた。

 チャドとスーリーは床に座って、ジョナサンと慶浩がリビングルームに入った時、彼らは振り返って大声で二人に挨拶した。

「イエーイ!」スーリーは歓声を上げた。「新しい食べ物だ!」

 慶浩とジョナサンは彼らが持ってきた食べ物をリビングルームのローテーブルに置いた。テーブルの上には二つのファミリーサイズのコーラ、三種の違う味の出前ピザ、二つのフライドキチン、そして一箱のチョコレートのカップケーキ、上には小さなピンク色のベリーが飾っていた。

 ジョナサンは空きスペースを見つけて彼が持ってきたアップルパイを置いて、慶浩は彼が持ってきた箱を開けて、中にある韓国トッポギを出した。

「我が家へようこそ」アダムは傍のソファで言った。「俺は足を怪我したから、あなたたちを迎えることができない」

 自分の家では、アダムは杖を持ち歩いていなかった。彼の足には依然としてギブスを固定していたが、彼の表情はリラックスしているように見えた。ジョナサンは彼に向けて歩いていった。

「少しは良くなったのか?」とジョナサンは尋ねた。「まだ痛むのか?」

「あまり痛みを感じられない」とアダムが答えた。「でも死ぬほどに痒い。夏にギブスを固定するのはまるで残虐な体刑だ」

「ビルから飛び降りようとした罰としては丁度いい」慶浩はジョナサンの傍に近寄った。「それで、今はどうなっている?アンソニーは正式にあなたと同居することになったのか?」

「殆どだ」とアダムは答えた。「俺の両親が居なければ、彼はここに来られる。つまり、彼はいつでもここに居られる」

「おう、わかった」と慶浩は言った。「お前もアンソニーと付き合っていることを彼らに教えていなかったのか?」

「その必要はない」アダムは簡潔に言った。「彼らは気にしない」

 ジョナサンは慶浩に向って「彼らを利用して僕を説得するな」という眼差しを見せたが、慶浩はただ肩をすくめた。そして彼は邪悪な微笑みを見せた。

「それで、お前らはやったのか?」と慶浩は尋ねた。彼の口調はまるでアダムに昼食を食べたのかと聞いているように平淡で自然に聞こえた。

 ジョナサンは眉をひそめた。「慶浩!」と彼は叫んだ。

「お前には関係ない」アンソニーの声は彼らの後ろから伝わった。ジョナサンは振り返って、アンソニーがコーラが入っている二つの紙コップを持って彼らに向けて歩いてきた。

 彼はコップを慶浩とジョナサンに渡し、そして慶浩はその隙に肩でアンソニーをぶつけた。

「なんだよ?普通だと思ったけど」慶浩は無辜の顔して言った。「お前らも結婚する前のセックス行為を拒むようなタイプには見えない」

 その言葉を聞いてジョナサンの頬は赤く染められた。彼は一度も誰かとこんな風に包み隠さずにそのことを話したことがなかった。もちろんその理由は彼の一番の親友が女の子で、そして彼は絶対に彼女に自分の幻想を教えるはずがなかった。しかし、例え今傍にいる全員は男の子だとしても、ジョナサンもこのような話題をするのが恥ずかしくて仕方がなかった。

 アンソニーは慶浩を睨んだ。「せめて彼の足にある物を外してからでもいいだろう?」アンソニーは言った。「俺はまたギブスの縁に削られるのはごめんだ。あれはくそ痛い」

「『また』?」慶浩はニヤニヤと笑い出した。

「悪いけど」チャドは後ろで叫んで言った。「私たちはまだここに居るよ!」

 アダムはギブスを固定している右足でアンソニーを蹴った。アンソニーはソファに座り、アダムの後ろの背もたれの上に腕を置いた。

「俺らのことばかり話すな」とアダムは言った。「お前らは?慶浩は何をした?」

「何でもない」とジョナサンは答えた。

「そう、何でもない」と慶浩は言った。「俺は彼の家すら入れない」

 ジョナサンは彼を睨んだ。慶浩はただ目を見開いて手を広げた。

「あー、わかった」とアダムは言った。「だから誰かさんが嫉妬している」

「ようやく誰かがわかったようで嬉しいよ」慶浩は目を回した。

 それからの話題は別の方向に変わったが、ジョナサンはそのことについて考えを巡らせていた。

 ジョナサンは一度も誰かに言ったことがないが、彼は自分と慶浩がそんなことをしたのを何回も想像したことがあった。初めてコースの芝生の上でキスしたその夜から、慶浩はよく彼の幻想の中に現れていた。ジョナサンには何の経験もなかったから、彼の想像ではすべてがぼやけて遠くに感じた。彼が一番に思いついたのは慶浩の顔と唇、だってそれは彼が一番よく知っている確実な部分だから。その後、彼は慶浩の手を思い出してしまう。しかし同様に、それは未だに非現実的だった。

 ジョナサンはこのタイプの動画を見ることすらできなかった。彼はそのサイトを開き、任意の動画を見てしまえば、自分の中にある一線を越えてしまうような気がした。例え誰も彼がそんなものを見たことが知らなくとも、まるで彼に欲求不満のタグをつけたかのようだった。

 しかし慶浩がこのことを話した時の態度は、まるで晩ご飯の場所や彼らが見る映画を話し合っているようだった。まるで──ジョナサンは考えるだけで気まずい──まるでこの考えがずっと慶浩の頭の中にいるようだ。

 そしてそのことで、ジョナサンはどうすればいいのかわからなかった。


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 彼らがようやくテーブルの上の過量な食べ物を食べ切った時、時間は既に夜十時を過ぎていた。ジョナサンは自分のお腹にびっしりとチーズとフライドチキンを詰まって、残る隙間はコーラに満たされているのを感じた。彼はソファの背もたれに寄りかかり、スーリーがアップルパイの皿に残ったパイ皮を摘まんで食べたのを見た。

「これは言わざるを得ない、ジョナサン」スーリーは彼に向けて言った。「このアップルパイは最高だ」

「ありがとう」ジョナサンはこれが彼ではなく、お母さんが作ったことを彼に知られないでおくことに決めた。そして彼はアダムに振り向いた。「ここに居させてくれてありがとう」

 アダムは傾いてアンソニーに寄りかかって体を横向きにして、両足はソファの上で交差していた。「別に」彼は怠けて答えた。「この家も少しは使ってあげないと、そうだろう?」

 ジョナサンは笑顔を返すしかなかった。毎回アダムがその口調で彼の家を話すとき、ジョナサンは自分がどうな反応すればいいのかわからなかった。

 傍にいる慶浩は疲れた足腰を伸ばして、猫のように体を長く伸びていた。

「俺らもそろそろ行くよ」と慶浩は言った。「俺はあまり遅くまで居座って、お前の両親を狂わせたくない」

 アダムは目を回した。「信じて、もし彼らを狂わせることが出来たら、俺は喜んでそうした。残念ながら、彼らはそんなに早く戻ることがない」

「それは残念だ」と慶浩は同意したように言った。

 ジョナサンは急に劇団のメンバーの間に何かが違くなったのに気づいた。彼は、友達と言うよりも、彼らは同僚のほうが近いと慶浩が言ったのを覚えていた。そして今の彼らは、どうやら友達の方向に進んでおり、ジョナサンは何時から変化が現れたのか気になっていた。もし当てるとすれば、彼ら四人がアダムの病室に集まるその数十分からだと思った。

 慶浩とジョナサンは彼らが持ってきた食器を片付け、劇団のメンバーと別れを告げてから、二人は外の街道に出た。

 この時間帯のコミュニティの通りはあまり人と車がなく、周囲は非常に静かで、時に風に吹かれて枝と葉が摩擦したザラザラとした音しかなかった。だからジョナサンは安心して慶浩に手を引かれ、二人の足歩みはいつも歩いているスピードよりも遅かった。

「アダムの機嫌は良さそうだ」とジョナサンは言った。

 慶浩は鼻で笑った。「それもそうだろう。彼は片足を骨折したけど、全てを持っている」

「そんなことを言うな」とジョナサンは抗議した。

「間違ってないだろう」と慶浩は言った。「彼とアンソニーを見ろ。不満に思うことは一つもないだろう?」

「喜ぶべきだよ」とジョナサンは言った。「もう友達だと思ったが」

「うん、友達だよ」慶浩は大声で笑い出した。「しかしそれは俺が天使になるわけではない」

「全く想像できない」とジョナサンは答えた。

「もし俺が最初からいい人なら、君も俺を好きにならないだろう」と慶浩は言った。彼は振り返ってジョナサンを見つめた。

 彼の眼差しでジョナサンは急に彼らに手のひらがお互いにくっついていることを意識した。ジョナサンは思わず視線を逸らした。

「僕はいい人が好きだ」と彼は答えた。

「それなら」と慶浩は軽く言った。「今から何のくだらないも話さないでおくよ」

「本当?」

「嘘だよ」慶浩は大笑いをした。「おう、頼むから、ジョナサン、少しは良心を持って。もし俺が良い人なら、俺は君にキスをしない。本当にそれを望んでいるのか?」

 反論をしたいけど、ジョナサンは自分にその立場がないことを知っていた。だって彼の心の中で、慶浩の言う通りだとよく知っていた。そう言われると、芝生の上のキスは再びジョナサンの頭に浮かんだ。例え彼が認めたくないが、ジョナサンはもう一度慶浩にキスをしたかった。

 病院のキスの後から、ジョナサンは慶浩と手を繋ぐことよりも親密な行為をしたことがなかった。彼は慶浩が彼のように彼らの触れ合いを恋しく感じたのか分からないが、慶浩がわざとそのキスの話を持ち出したのではないかと疑っていた。

 慶浩は足を止めた。ジョナサンは彼と一緒に止めざるを得なかった。慶浩は小声で笑いながら、ジョナサンの胸元が彼のとくっついているまでにジョナサンを彼に近づかせた。ジョナサンはそれぞれの鼓動が高鳴っているのを感じた。慶浩は彼の顔に片手を当てて、そしてそっと彼にキスをした。実際に経験してなければ、ジョナサンは慶浩のような気分屋が、こんなにも注意深い動きがあるとはとても信じがたい。

 このキスは三秒くらいしか続かなかった。慶浩は後ろに一歩下がって、そして小声で「家に来ないか?」と尋ねた。

 彼の誘いでジョナサンの頭の中は共鳴したようなブンブン音を出した。彼の体はまだ慶浩と密着しており、だから彼は乱れた鼓動のリズムを隠せないと知っていた。薄暗い街灯に照らされ、慶浩の顔には陰謀が達成したような微笑みが浮かんだ。

「僕は家に帰るべきだ」とジョナサンは反対したように言った。

「俺の両親は今日、オークランドのおばさんの家に行った」と慶浩は言った。「俺の家は誰もいない」

 慶浩が何かを暗示しているような言葉を聞いて、ジョナサンはただ彼を蹴りたかった。「そういう問題じゃない」

「じゃあ、何が問題?」慶浩は微笑んだ。

 本当の問題は、ジョナサンは彼が慶浩の家に行った後に何が起きるのか予想がつく。そのことを考えるだけで全身がこわばって──彼はそれを起こさせる準備をできているのか分からない。

「僕はまだ両親に外泊することを伝えていない」ジョナサンは唾をのんだ。

 慶浩が手をジョナサンのポケットに入れたことで、彼はもう少しで跳ね上がりそうになった。しかし慶浩は単にジョナサンの携帯電話を出して、彼の前で振った。

「うん、なら今言って」と慶浩は言った。「それが携帯電話が存在している目的だろう?問題解決」

 ジョナサンは慶浩を睨んだが、慶浩はただ堂々として彼を見ていた。彼の眼差しはまジョナサンに対する挑戦のようだ:やってみる勇気はあるのか?

 だからジョナサンはすぐに彼の携帯電話を奪い返し、かっとなって彼の母の電話番号をかけた。

「ハロー、息子」母の声は向こうから伝わって来た。「楽しく遊んだ?」

「えっと、うん──」

 電話が繋がった時、ジョナサンは危うく後悔するところだった。彼には最後のチャンスがあり、彼は母に家に帰る準備をしていると言える。しかし慶浩は急に彼の手を引っ張って、携帯電話を自分の耳元に近づかせた。「ハロー、クリスティーン」彼は楽しそうに言った。「うん、実はジョナサンを俺の家に泊まらせたい」

 ジョナサンは慶浩に向けて叫びたいが、慶浩は真剣に彼の母の話を聞いて、時々頷いたり、または同意したようにふんとした声を出したりしていた。最後、慶浩は軽快そうに「大丈夫、では電話をジョナサンに代わるね」と言った。

 ジョナサンはようやく携帯電話の支配権を取り戻した。「もしもし、母さん?」

「それで、あなたは慶浩の家に泊まるつもり?」

 母の口調は何か言いたそうで、それがジョナサンに少し不安を感じさせた。「そうだよ」彼はできるだけ真摯そうに聞こえるようにしていた。「どうしたのか?」

「まさかナイトクラブに行くつもりはないよね?」と母は言った。「偽の身分証を持って、クラブに行って酒を飲んだり、ダンスを踊ったりするとか?」

「おう、頼むよ!」とジョナサンは言った。「そんなことしないよ。そもそも、僕は偽の身分証を持っていない」

「母たるものは心配するものだ、ね?」と母は答えた。

 ジョナサンは、彼女が心配すべきなのは別のことだと言いかけていた。

「心配しないで」

「うん、とにかく慶浩の家に居て」と母は言った。「少なくともあなたがどこに居るのかわかる」

「わかったよ」とジョナサンは言った。

「あなたのことをちゃんと見張るようにと慶浩に言いつけておいた」と母は言った。「酔っぱらないように約束して」

「母さん──」

「楽しんでおいて、ジョナサン」と母は言った。そして彼女は通話を終わらせた。

 ジョナサンはため息をついて、彼は挫けそうになりながら自分の携帯電話の画面を見ていた。慶浩は横で楽しそうに微笑んでいた。「だから問題解決と言った」と彼は言った。

 ジョナサンは白目をむいた。「この方法は最悪だ」

「でも俺は欲しいものをゲットできた」慶浩は恥じ入ることなく答えた。そして彼はジョナサンの耳元に近づき、小声で「君の母さんは俺にちゃんと君を見張るようにと言った。俺は彼女の言う通りにすることに決めた」

 その言葉を聞いて、ジョナサンの頬の温度が瞬時に上がった。

 彼らは再び進み、しかし残りの道のりでは、二人とも殆どあまり口を開かなかった。その沈黙は少し恥ずかしくて居心地が悪くて、ジョナサンは頭がくらくらするような状態にいた。彼の頭は、慶浩の家に着いたら何が起きるのか抑えられずに予想し始めたが、より多くの想像は彼の心の中にある形のない壁に遮られた。

 慶浩の家は彼らが前に行ったコリアンタウンとそう遠くはない、コリアンタウンを通り過ぎた後にまた五分ほど歩いて、慶浩はある屋敷の前に足を止めた。

「俺は特に整理していない」と慶浩は言った。「どうせいつか俺の家の元の様子を知ることになる」

「君は──」ジョナサンは目を見開いた。「とっくに今日、僕を誘うつもりだったのか?」

「否定はできない」慶浩はニヤリと笑った。

「何で早めに僕に教えてくれなかったのか?」ジョナサンは質問した。

「そうしたら、君が一晩中にソワソワするだろう?」と慶浩は言った。「俺はいい人ではないけど、そこまで悪くない、サンキュー」

 慶浩は家のドアを開けて、優雅なふりをしてジョナサンに向けてお辞儀をした。「どうぞ、自分の家だと思って」

 ジョナサンは注意深く階段を上がって、真っ暗な家に入った。慶浩は彼の後ろでドアを閉め、ライトを付けた。ジョナサンは瞬きをして、瞳孔を突如現れたライトに慣れさせた。

 ソファとローテーブル以外に、彼が真っ先に見たのはリビングルームの隅に置いてあったグランドピアノだった。

「グランドピアノ?」とジョナサンは言った。「君はピアノが弾けるのか?」

「それが俺のピアノだって誰が言った?」慶浩はニヤッと笑った。彼はジョナサンが口をすぼめていたのを見たら、彼ははっと大笑いをした。「わかったよ。適当に弾いただけ。あまりテクニックがない」

「弾いてみて」とジョナサンは要求した。

 ジョナサンの心の中では、ピアノは精緻な才能だ。慶浩らしくない才能だった。彼は頭の中で慶浩がピアノを弾いている様子を想像してみたが、漫画のようなおかしな画面しか現れなかった。

「何が飲みたい?」と慶浩は言った。「水?それともコーラ?」

「今晩はもうコーラを飲み過ぎた」とジョナサンは言った。「早くピアノを弾いて」

「嫌だ」と慶浩は答えた。

「二分でいい」とジョナサンは言った。「一曲でいいから」

 慶浩は眉を上げた。「ならきらきら星を弾く?」

 ジョナサンは彼を睨んだ。慶浩はははと大笑いしながら両手を上げた。「わかった、わかったよ。こっちにおいで」

 ジョナサンは慶浩についてグランドピアノの傍に近づいた。グランドピアノの上には大きさが違った写真立てが置いていた。ジョナサンは一枚ずつ詳しく見て、意外のことにいくつか年齢の違う慶浩が見えた。その一つは水泳着を着ている慶浩だ。六か七歳に見えて、口を大きく開けてプールの縁から水に飛び込んでいた。写真に映った慶浩の片足は水面に踏んでおり、まるでプールの表面を駆け抜けようとしているようだった。

「その時、俺は水面下の階段にぶつけた」と慶浩は急に言った。「くそ、死ぬほど痛かった。それ以後、水に飛び込むことはなかった」

 ジョナサンは小さい慶浩の大きく笑った顔が次の瞬間に悲惨な哭き顔になったのを想像して、思わず笑みを浮かべた。慶浩はピアノの蓋を開けて座り込んだ。ジョナサンは彼の後ろに立ち、彼が鍵盤の上に適当に何回か押したのを見た。そして慶浩はダンパーペダルに足をかけて弾き始めた。

 ジョナサンはピアノを習ったことがないが、慶浩が弾いたのはかなり聞き覚えのある曲だった。冒頭の音階を聞いただけで、ジョナサンは夢の中のウエディングだとわかった。慶浩は本当のピアニストのように演奏が得意わけではないが、ジョナサンは慶浩の指が鍵盤の上で行ったり来たりするのを見て、彼はこのような慶浩が刮目に値した。

 もしかしたら、舞台劇の役者として、ピアノが弾けることもそう驚くことではないかもしれないと彼は思った。

 慶浩は最後の和音を弾いて、そしてダンパーペダルを放した。

「うん。これくらいかな」慶浩は振り返った。「大したことはない」

「せめて僕よりも強い」とジョナサンは言った。「僕は五線譜すらもわからなかった」

「俺が教えてやるよ」慶浩は彼の横の席を叩いて、また少しのスペースを作った。「座って」

 ジョナサンは慶浩の傍に座った、しかし慶浩は彼に五線譜の見方を教えなかった。彼は手を伸ばして、ジョナサンの顔を彼に向かせ、そしてジョナサンが抗議する前に彼の唇にキスをした。

 ジョナサンはもう少しでピアノ椅子から飛び上がったが、ある力に強いられて彼はそこに座り続けた。ジョナサンにはそれが何かわからない。恐らく今回の慶浩のキスが今までのと違ったかもしれない──ジョナサンは今になって、慶浩のこれまでのキスがあまりにも礼儀になっていることを知った。今回の慶浩は何かを攻撃しているようで、彼の唇を吸う力はジョナサンを驚かせるほどに大きかった。ジョナサンは息を呑んで、慶浩の頭は一インチ程後ろに下がった。

「どうしたのか?」慶浩は小声で尋ねた。その声は殆ど全てが気音で、息を整えているようだった。

 ジョナサンは口を開いたが、彼は何を話せばいいのかわからなかった。しかし慶浩は彼に考える時間を与えてなかった。ジョナサンが口を閉じる前に、慶浩はまた近づいてきた。ジョナサンは驚いたような低い叫び声をあげたが、その声は慶浩に飲まれていた。

 彼が真っ先に感じたのは、慶浩の柔らかくて暖かい舌が彼の舌先に触れていることだ。ジョナサンは無意識に自分の舌を引っ込めたが、慶浩は隙を突いて彼の口の中に入れた。ある奇妙な感覚がジョナサンの顎から湧き上がり、彼の頬をヒリヒリさせた。慶浩の舌は彼の口の内壁に軽く触れて、彼の唇を重ねた動きはまるでジョナサンの唇ではなく、何か食べ切るのが待ち遠しい食べ物のようだった。

 ジョナサンは息をしようとしたが、自分が息を切らしていることに気づいた。慶浩は彼の腰に片手を回し、ジョナサンを彼のほうに引っ張った。ジョナサンは彼の肩を掴んだ。慶浩は彼の後頭部に手を当てて、ジョナサンの頭を彼が望んでいる方に向かせた。ジョナサンは何もできない、今の彼の頭の中はただ鈍くこの言葉が現れた──彼は何もわからない。

 慶浩が再び彼を放した時、ジョナサンの感覚は初めて慶浩とバスケをした時と同じだった。彼は全く息が上がらなかった。

 慶浩の顔は彼の視界を占めていた。「どう?」慶浩は小声で笑った。「俺は悪くないだろう?」

「悪くはない」ジョナサンは息を切らしながら答えた。彼の声は彼の意志に反して、おかしく思うほどに激しく震えていた。

「いい人はこんな風に君にキスすることができない」と慶浩は言った。

「きっと何回も練習したのだろう」とジョナサンは言った。彼は自分の声が嫉妬しているように聞こえたくないが、慶浩はまた笑い出した。

「君が望むのなら」と慶浩は言った。「いつでも練習に付き合ってあげる」

 ジョナサンは自分の手が慶浩の肩の服をぎゅっと掴んでいるのに気づいて、彼は手を引っ込めて自分の太ももに置いて、手を握り締めていた。

「それで」彼はできるだけはっきりと言った。「今はなんだ?」

 慶浩はまっすぐに彼を見つめていた。彼の眼差しでジョナサンは自分の皮膚が火に焼けられているような感じがした。ジョナサンは歯を食いしばった。彼は自分が気まずく思われるような反応をするのではないかと心配していたが、しかし──こんな状況で彼が何かを隠せるとは、何故そう思ったのだろうか?

「うん……」慶浩は少し考えた。「先に風呂に入るか?」


 *



 例えジョナサンが無知だとしても、彼は慶浩の提案が何を意味しているのか知っていた。彼は緊張のあまりに唾をのんだが、自分の喉が飲み込めないほどに引き締まっていることに気づいた。慶浩はピアノ椅子から立ち上がった。

「おいて、ジョナサン」と慶浩は言った。「別に処刑台に上がらせるわけではない。そんなに怖くない」

 そうしたらジョナサンは誰かに呪文をかけられたように立ち上がり、慶浩に引っ張られながらリビングルームを通り抜け、二階に上がる階段を登った。

 慶浩は二階のシャワールームの横のドアを押し開けた。「ここは俺の部屋だ」と彼は言った。「ここで待って」

 ジョナサンはこわばりながら中に入った。慶浩は彼のために灯りを付けて、ジョナサンに彼のベッドの上に座らせた。慶浩がタオルを持って部屋を離れた時、ジョナサンは辺りを見渡した。今の状況でジョナサンの神経を緊張させていなければ、彼は決して慶浩の部屋をじっくりと観察できるチャンスを逃さなかった。しかし、彼の頭は既にさっきの慶浩のキスによってごちゃごちゃにされて、呆然と横のシャワールームの水音を聞くしか他に選択肢がなかった。

 ジョナサンは未だにこのことが起きようとしているのを想像できなかった。彼の幻想の中ではなく、現実に起きようとしていた。ジョナサンは自分が何を期待すればいいのかわからないことに気づいた。彼は今のうちに何かを見つけて見るべきだと遅ればせながら思いついた。

 どれくらい時間が経ったのかわからないが、彼が心の中で何かの動画を探して見たほうがいいのかと自分と議論している内に、シャワールームの水音が止まったことしかわからなかった。ジョナサンはまだ同じ位置に座っており、同じ姿勢を保っていた。慶浩が部屋のドアに現れ、ジョナサンの姿を見て笑い出した。

「そんなに緊張する?」慶浩はからかうように言った。「その様子を見ると、俺が悪い人のように思えてきた」

「ただ何をすればいいのかわからない」とジョナサンは答えた。

 彼の前に立っている慶浩は、バスタオルを使って下半身を隠した以外に、何も着ていなかった。ジョナサンは慶浩の裸姿を見たことがないわけではないが、今の雰囲気では、ジョナサンは単に目を慶浩の肌が見えないところに逸らしたかった。

 それでも、慶浩の胸元と腹部のラインは依然としてはっきりとジョナサンの目に映った。ジョナサンは唇を噛んで、目をそらして慶浩の足元にある床をじっと見つめていた。

 慶浩の足はジョナサンの前に移動した。ジョナサンの頬は熱くなり、そして彼は慶浩が彼の頭上で「君の番だ」と言ったのが聞こえた。

 慶浩は彼に別のバスタオルを投げた。ジョナサンは急いでバスタオルを掴んで、逃げるように部屋を出た。

 彼はこのシャワーが永遠に終わらないでほしかった。彼は自分が慶浩の家の二階のシャワールームの中で永遠に隠れてほしかった。そうすれば、永遠にシャワールームを出た後に起きうることと向き合う必要がなかった。

 シャワーヘッドから出た水玉が彼にかかり続けている時、ジョナサンは心の中で再び議論を始めた。

 彼は本当にそうしたかったのか

 彼は本当にこのことを起こさせたいのか?こんなに早く起きてほしいのか?

 しかし慶浩がバスタオルを巻いている姿と彼らが下の階でしたキスを思い出すと、ジョナサンの心の中の議論は瞬時にバランスを失った。自分の全身が熱くなった時、彼には反対する立場がなかった。特に彼は自分の体温が熱くなったのは、お湯のせいではないことを知っていた。

 なんてこった。ジョナサンは頭を上げて、直接に彼の顔に水を浴びさせた。彼は一体どうすればいいのか?

 ジョナサンは特に詳しく自分の全身を洗って、更に繰り返した。事実上、彼は三度目も四度目も平気で洗える。

 あるノックの音がジョナサンの終わりのないように見えたシャワーを終わらせた。

「大丈夫なのか、ジョナサン?」慶浩は外で尋ねた。

「えっと、大丈夫」

 ジョナサンは蛇口を閉じた。周りには換気扇が作動している音しか残らず、ジョナサンは急に自分が何も着ていないことに気づいた。そして彼と慶浩の間には一つのシャワールームのドアしか隔てていなかった。いや、彼はそう考えてはいけない。これはまずい、これは本当にまずい……

「うん、そろそろ出たほうがいいんじゃないか?」と慶浩は言った。「もう既に半時間が過ぎたぞ。君が中で気を失っているじゃないかと疑いそうになった」

「いや、いや」ジョナサンは急いでタオル掛けにかけているバスタオルを取り、自分の腰に巻いた。「僕は大丈夫、本当に」

「そう言ってくれると嬉しいよ。でない俺は通報するよ」と慶浩は声をこもって笑いながら言った。「どうやって警察に言おうか、『すみません、お巡りさん。俺の彼氏は俺とセックスするのが怖くて、シャワールームに隠れてたら気を失いました──』」

「もういいって、ストップ!」

 その言葉がジョナサンの耳に入った時、彼は急に全身をこわばらせた。彼の心の中では、そのことは永遠に「そのこと」だ。ヴォルデモートが永遠に「例のあの人」のように、ジョナサンはその言葉を言いたくなかった。しかし今、慶浩が言い出すと、その言葉が代表する事実性は急に避けられなくなった。

 しかしジョナサンは自分が二度と避けることができないことを知った。

「それで?」慶浩は外で尋ねた。「君は出てくるのか、それともなんだ?」

「わかった、わかった」ジョナサンは深呼吸して、自分の手足が言うことを聞かないことに気づいた。彼は腕を振って、シャワールームのドアに向けて近づいた。「ドアを開くよ」

 慶浩に向けて言っていると言うよりも、ジョナサンはこの言葉を自分に言い聞かせていた。彼はドアノブを握り締め、右に向けて回した。

 慶浩は狭い廊下に立ち、動きもせずに彼を見つめていた。

 ジョナサンは自分の顔が火に燃やされているように熱くなっているのを感じた。彼はバスタオルの縁をしっかりと掴み、シャワールームのドアのマットの上に立ってじっとしていた。彼は慶浩の喉仏が動いたのを見て、まるで何か話そうと、もしくは飲み込んでいるようだったが、最終的に慶浩はただ前に一歩踏み出しただけだ。彼とジョナサンの間は数インチの距離しかなかった。

「ジョナサン」と慶浩は小声で言った。

 そして彼は手を伸ばしてジョナサンの腕を掴んで、彼を自分の方向に引っ張っていった。ジョナサンは一歩踏み出して、体のバランスを保たなければならなかった。しかし慶浩はそこに立っており、ジョナサンの胸元は殆どぶつかったように慶浩の体にくっついた。

 肌が触れ合う感覚にジョナサンの腹は縮こまった。彼は急にどう移動すればいいのかわからず、だってどうしろうと彼の肌が慶浩の肌をこすってしまう。それだけで、彼は自分の全身の血液が下半身と頭に集うのを感じた。

 慶浩の指は彼が気づいていない間に彼の背中に触れた。彼はもう片手でジョナサンの顎を掴み、彼にキスし始めた。そして今回、ジョナサンは心の中で緊張のあまりに歯を食いしばるなと自分に言い聞かせた。

 慶浩の舌は彼の口の中に滑りこんで、彼の舌の付け根を見つけ、そしてそっとそこに触れた。あるチクチクとした感覚がジョナサンの後頸部から這い上がり、彼は慶浩のキスに返事しようとしたが、自分が全く慶浩の相手ではないと気づいた──慶浩は絶対多くの人とディープキスをしたことがある。ジョナサンがキスの中で必死に理性を保とうとした時、彼は思わず心の中でそう思った。その事実でジョナサンは彼を噛みたかった。

 慶浩の唇の間から一つのため息が零れ出したが、それは仕方なさや失望によるものじゃない。彼が少し後ろに下がった時、ジョナサンは自分が殆ど唾液を飲み込めないことに気づいた。彼の呼吸のリズムは混沌としており、自分が子供の頃にすすり泣きをした時を思い出した。慶浩の指はそっと彼の脊椎を撫でおろし、彼の骨関節を少しずつ細かく数えているようだった。

 ジョナサンは自分が後ろに転ぶように思ったが、一秒後に自分が間違っていることに気づいた。慶浩は軽く彼を押して後ろに進み、そしてジョナサンはようやく慶浩が何をしているのかわかった。慶浩は彼に多くの休憩や考える時間を与えず、二人はまたキスし始め、そして彼らはキスの中であたふたと慶浩の部屋に入った。

 ジョナサンの足がベッドに躓いた時、彼は未だにあれは何なのかわからなかった。彼は後ろに倒れ込み、慶浩の布団の中に落ちた。そして慶浩は彼の上に乗って、ジョナサンの顔を上げさせ、そっと彼の鼻先、口元と顎にキスをした。

 ジョナサンは殆ど慶浩のキスに慣れ始めた。彼も試しに慶浩の唇を探せるようになった。しかしその時、彼は急に慶浩の手が彼の太ももの間に滑り込んだのを感じた。ジョナサンは体をこわばって、彼は自分が大声で叫んだのか、それともその叫び声は単に彼の頭の中に存在しているのかわからないが、慶浩は動きを止めた。彼らは上と下の姿勢を保ち続け、慶浩の片手は彼の頭の横についていた。ジョナサンは慶浩の頬がジョギングを終わらせたばかりの時と同じように真っ赤になったのを見た。

「君は本当にそうしたいのか?」慶浩の呼吸は短くて荒れており、小声で尋ねた。「俺らはそうしないといけないわけではない。待ってもいいよ」

 なぜか知らないが、この言葉を聞いてジョナサンは目を潤わせた。ジョナサンは一度も慶浩がこのようなことに我慢が強いタイプだと思ってもみなかった。正直を言うと、もし慶浩が何も聞かずに続けていれば、ジョナサンも拒むことがない。例え不安、不確かに思ったとしても、ジョナサンは自分がそうしたいと知っていた。しかし慶浩はもう一度彼の同意を得ようとしていた。

 それだけで、ジョナサンは慶浩にしたいことをさせたかった。

 ジョナサンはどこからの勇気かわからない。彼は腕を上げて、慶浩の首に回した。

「僕はしたい」彼の声はからしており、まるで泣いたばかりのようだった。「僕はそうしたい」

 慶浩は返事の代わりにキスをした。

 そして彼はさっきジョナサンに中断された動きを続けた。慶浩に彼の太ももの内側に触れられると、ジョナサンの体は引き締まった。ある電流のような感覚は彼の脊椎に沿って這い上がり、彼は思わず両足を閉じたかった。慶浩は前に移動して、自分をジョナサンの太ももの間にはまり込んだ。

「君は何の経験もないだろう?」と慶浩は尋ねた。

 ジョナサンは恥ずかしそうに頭を振った。しかし慶浩は小声で笑い出した。「俺もない」と彼は言った。「だから一緒に試そう」


 これからのことは、ジョナサンの人生で経験した最も恥ずかしながら、幸せなことだった。身体がまるで自分だけのものではなくなったみたいが、全ての感覚がリアルなのだ。


 終わった後、ジョナサンはベッドに倒れこんで、慶浩はコンドームを外して机の下にあるゴミ箱に投げ捨てた。彼は振り返って、ちょうどジョナサンと目が合った。

「どうしたのか?」慶浩は微笑んだ。「気分はどう?」

「疲れた」ジョナサンは認めて言った。正直に言うと、彼は恐らく暫くの間に体を動かしたくないと思った。彼は慶浩の手を見て、そして恥ずかしそうに視線を逸らした。「ごめん」と彼は言った。

「何のために?」と慶浩は尋ねた。

「だって──」

 ジョナサンは自分の唾でむせた。彼が咳をしている時、慶浩の顔は終始に面白がるような笑顔を浮かべていた。ジョナサンは腕で顔を隠したが、慶浩に無理やりに解かされた。

「次は君に手伝ってもらうよ」慶浩は事実を述べているように平静として言った。「君が出すのが遅ければ」彼は肩をすくめて、そしてジョナサンはただ氷で埋めたバケツを探して、顔を中に埋めたかった。

 慶浩は前に乗り出して、肘がジョナサンの横について、彼の目を避けられないようにしていた。「しかし俺はいい感じだと思った」慶浩は呟いた。「初めてにしては成功だ」彼は目を細めて、柔らかい眼差しでジョナサンを見つめていた。あまりにも柔らかったので、ジョナサンは彼を押し退けたい衝動を押さえるのに必死だった。

 慶浩の唇は彼の額に触れて、そして身を起こして座った。「先に綺麗にしていく?」

「もう少し休んでもいいと思う」とジョナサンは答えた。

「わかった」と慶浩は言った。彼が立ち上がろうとした時、彼は急に何かを思い出したように振り返った。「それとも俺が代わりに綺麗にするのか?俺は──」

「いい、ありがとう!」ジョナサンは白目をむいて、そしていつもの慶浩のニヤリと笑った声が聞こえた。

 慶浩が部屋のドアから消えた時、ジョナサンは自分を布団の中に深く入り込ませた。彼はバスタオルで体についた体液を拭き取って、そして何回も心の中に、あとでバスタオルを綺麗に洗わないと自分に言い聞かせた。

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ジョナサンの恋愛シナリオ 非逆/KadoKado 角角者 @kadokado_official

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