09、あなた/君はもう一人じゃない

 それから、羅秀雅の方既明に対する態度は、基本的にあまり変わっていない。

 以前は「ダーリン」とアツアツ夫婦みたいな呼び方をしていたが、今は「いたずら」が加わっている。

 今まで彼女がいない男として、方既明は本当に大変だったという。

 あまり強く拒絶するのもためらった……先に一度だけ、ドアの後ろに隠れていた羅秀雅が飛び上がってキスをしようとしたことがあった。その時、方既明がびっくりして手で押してしまい、その勢いで羅秀雅の額がテーブルにぶつかって凹んだ。

 そう、本当に左目から上が大きく凹んでいたのだ――幸いなことに、方既明は知見を持ってるので、そんな恐ろしい場面にも怯むことはなかった。

 方既明が頭の凹んだ玉女人形を修理した後、羅秀雅はその美貌を取り戻した。

「ダーリン酷いよぉ……」そして、泣きじゃくる羅秀雅がまた方既明の方に近寄ってきた。

 ……この頃になると、方既明は自分の免疫がついてきたな感じるようになった。

 その最大の現われとして、羅秀雅がわざとらしく甘い声で彼をダーリンと呼ぶと、彼もまた羅秀雅をハニーと呼び返すことができるようになった。

 実にバカップルみたい、幼稚な仕返しである。

 この日、方既明は家にいるとき、母親から電話がかかってきた。

『既明!今度の正月に帰ってくる?』しばらく会っていない母親は、正月休みのことを聞いてきた。

 そのあとは、いつもの「定例行事」が行われた……。

『それで、もういい人見つかったのかい?母さん、条件は厳しくないよ、彼氏でもいいのよ!前に王おばさんの息子さんがカミングアウトしたときは、母さんもおばさんも心配していたけど、今はお二人のラブラブぶりを見ていると……羨ましいわねぇ!』

「……」

 方既明は孝行息子として、今やるべきことをやっている。おしゃべり好きな母に気が済むまで喋ってもらっている。

 ところが、その時、方既明のルームメイトが近寄ってきた……。

「ダーリン、前の日に着ていた汚れた服はどこに置いたの? 見つからないんだけど」洗濯かごを持った羅秀雅が聞いてきた。

 方既明「!!!」

 電話越しの母『……!!!』

 あ、これは……

 その声は彼が雇った家政婦だという嘘をつけるのか?


 年末年始、方既明は電話で母親に挨拶した『彼女』を乗せて、車を走らせ、里帰りした。

 まさか、こんなことになるとは……それでも、母親は長身で美しい彼女のことを明らかに気に入っていた。

「おばさんこんにちは、若々しいですね!言われなければ、既明のお姉さんだと思っちゃいました」

「フフフ……お口が上手いね。うちのバカ息子がどうやってあんたみたいな子を捕まえたんだかねぇ?」

「……」

 二人がとりあえず話すことがあったので、方既明は黙って座りながら、おつまみのヒマワリの種をいただいた。

 暇があって、久しぶりに帰ってきた実家をじっくりと眺めていた。

 ――この見慣れた空間には、以前にも増して温かく幸せな空気が流れている。

 やはり実家はいいものだ。

 ……

 まだ暗くなっていないうちに母親に挨拶を済ませると、羅秀雅を連れ出して出かけた。

 彼の実家は海沿いにあり、玄関から少し歩くと、どこまでも続く海が見える。

 子供の頃、彼はよく一人でここに散歩に来て、海の風の涼しさを感じたものだ。

 しかし、明るい雰囲気ではなく、二人とも少し深刻そうな顔をしていた……。

「どうしたらいいんだろう? こんな展開になっちゃって……」

「うん、さっき『結婚披露宴でのテーブル数は決まった?』という話をしていたんだ」

「……」

「……」

「あなた……」

「僕……」

 今度は、しばらく黙っていた二人が、ほぼ同時にしゃべった。その様子を見て、方既明は思わず吹き出した。「先に話して」

「言いたいことは、大丈夫だよ、といこと」少し間をおいて、羅秀雅はこう付け加えた。「もし、好きな人ができて『別れたい』と思ったら、おばさんの前で演技して、私が血も涙もなくあなたを振ったことにすればいいんだ。あなたのせいにはならないよ」

 羅秀雅は自分に演技力があると思っている。お嬢様にも悪役にもなれる。

 ――他人の目から見て、方既明はずっと最高にいい人であってほしい。

 テレビドラマでよくある「あなたのために別れる」みたいなのが自然に出てくるのとは訳が違った。そんなお決まりのパターンではない。

 羅秀雅は最初から分かっていた。

 ――既に死んでいた自分が、方既明とずっと一緒にいることができない。

 とはいえ、やはり少し悔しい気もする……

「でも将来、好きな人ができたら、面接してあげる……その時まで、私の魂がこの世に残っていたら、の話だけどね」羅秀雅は小声で囁いた。「あなたは純粋すぎて、騙されないか心配するからね」

 方既明は羅秀雅の話が終わるまで静かに、真剣に、聞いた。

 そして、彼がすぐさま、「先は、なぜ相手を探す必要があるの?僕にはもう愛する妻がいるんだと言いたかったのだ」。

 その言葉に、羅秀雅は少し驚いて彼を見上げた。

 まさかこんな歯の浮くようなセリフを口にする方既明自身も、かなり恥ずかしいと感じた。

「役所に行っても入籍できないと思うけど、その他の点では普通の夫婦でいられるように頑張りましょう」

「でも、私は死人だし、体だって紙できたし……」

「ああ、わかってるよ」方既明は言った。「とにかく、母は僕が家を継ぐとは思っていなかった……自分が死んだ後、僕が一人で寂しくならないか心配していたんだけさ」

 かつて母が罪悪感を抱きながら、『母さん、あんたの面倒をあまり見ることができなくてごめんね』と言ったことを思い出した。

 仕事が忙しくて、知らず知らずのうちに、息子が無口で笑顔が少なくなっていることに気づかなかったのだ。

『でも、今のあんた、うれしそうだよ』家を出る前に母が彼を呼び止めて、そう言った。

 皺だらけの顔に、安堵の笑みが浮かんだ。

「僕が長年担当してきたお客様の中には、未来に希望に満ち溢れた若者もたくさんいて……しかし、不慮の事故で彼らは人生を終えてしまうことになった」

 そんなとき、彼は特に感傷に浸っていた。

 だからちょうどこの時、彼は特にそう考えていた――

「君の魂がこの世から消える前に、僕が先に旅立つかもしれないね……だから別れの日が来るまでは、今のまま一緒にいよう!」

 そう言って、彼は羅秀雅へ手を伸ばした。

 それを聞いて、羅秀雅が彼の方へゆっくり歩いた。

 その時、近く海から潮風が吹いてきて、彼女の黒髪を吹き上げて、体が揺れた。

「きゃあ!大変……方既明!助けて!風で飛ばされちゃう!」

「ぼ、ぼ、僕は……僕は君の手を捕まえたよ!」

「か、か、肩が……風が強くて、肩が裂けちゃうよ!」

 ちょっとしたハプニングの後、方既明の腕は羅秀雅の腰を掴み、自分の体へ抱き寄せていた。

 二人はしばらく見つめ合った後、今度は方既明からキスをした……

 明日と事故、どっちが先に来るのか、私たちはいつだってわからない。

 ――それでも明日の僕のそばには君がいてほしい。

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僕の妻は紙でできている rusty蘆鷥啼/KadoKado 角角者 @kadokado_official

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