うわぁい。

七倉イルカ

第1話 うわぁい


 深夜の散歩が大好き。

 誰もいない歩道を自分のペースでゆっくりと歩く。


 それでも、たまに、誰かとすれ違いそうになる。

 そんなときは、手近な路地に、ひょいと入り込む。

 これが、また、新しい道の発見にもつながって楽しくなる。


 駅近くの道を歩き、建ち並ぶマンションを見上げてみた。

 午前2時を回っている時間帯なのに、ちらほらと明かりの点いている窓がある。

 追い込みをかけている受験生?

 明日は休みで、夜更かししている社会人?

 引きこもっている、夜型タイプの人?

 あたしは、色んな想像をしてしまう。

 

 と、猫の小さな鳴き声が聞こえた。

 その声に誘われるように歩くと、公園に生えるシイの木の下に立つ人影を見つけた。

 あたしは、反射的に電柱の陰に身を潜めた。

 街灯の明かりが、その人影を淡く照らし出している。


 二十代前半に見える青年であった。

 青年は両手を木の枝に伸ばし、鳴いていた子猫をそっと抱き上げた。

 子猫は、木に登ったのはいいが、降りられなくなっていたのであろう。

 

 青年が、そっと地面に降ろすと、子猫はタタタッと闇の中に走り去っていった。


 青年の立つ位置が変わったため、顔立ちがはっきりと見えた。

 線の細い、中性的なハンサムである。

 手足がきゃしゃで、長く細い。

 服のセンスもいい。

 パーカーは海外の一流ブランド、スニーカーも高価なものである。

 めちゃくちゃ、あたしのタイプであった。


 真夜中の散歩には、こんなに素晴らしい出会いも起こるのだ。

 この出会いを逃したくない。

 あたしは、公園から立ち去る青年の後を、静かにつけていった。


 五分ほど歩いた青年は、七階建てのマンションに入っていった。

 玄関はオートロックではない。

 せめて何階に住んでいるのかだけでも確認したい。


 あたしは、少しだけ時間を置いて、マンションにそっと入っていった。

 郵便受けが並ぶホールを静かに通り抜け、奥のエレベーターに近づく。

 エレベーター・ランプは何階で止まっているのか……。

 それを確かめようとしたとき、後ろから声がした。


 「きみは誰?

 さっきから、ボクをつけてきているよね」


 うわぁい。バレてた。

 あたしは、困ったような愛想笑いを浮かべて振り返った。


 「あ、あの、その……。

 さっきの猫です」

 「猫?」

 思いついた間抜けな言い訳に、青年が反応した。


 「そ、そうだニャ。

 助けてくれた恩返しに来たニャ」

 とりあえず、語尾に「ニャ」をつけてみる。


 「え、ほんとに!?」

 青年は目を丸くし、嬉しそうな顔を見せた。

 うわぁい。信じたよ、この人。


 エレベーターで七階に上がり、角の部屋に案内された。

 「ここが、ボクの家だよ」

 玄関から、広いリビングに入る。

 「こっちだよ。

 ほら、この部屋に入って」

 強引な青年のペースで、あたしは奥の一室に入れられた。


 「あ、あの……」

 「大丈夫。

 ボクは馬鹿じゃないから、朝まで、このドアを開けないよ。

 もちろん、きみが何をしているかを覗き見たりもしない」

 青年は、自信に満ちた顔で頷く。

 整った顔の向こうに、サイコな一面が見えた気がした。


 そして、困惑するあたしの目の前でパタンとドアを閉じた。

 ガチャリと外から鍵を掛けられた音がする。

 うわぁい。あきらかに鶴の恩返しを期待されてる。


 助けられた鶴は、恩返しのために自分の羽を抜いて、美しい布を織ったんだっけ?

 猫の場合は……皮?

 たしか、猫の皮は三味線に使われるって聞いたことがあるけど……。

 

 あたしは部屋の中を見回した。

 窓が一つあるけど、七階から外壁を伝って逃げるなんて無理である。

 

 部屋の中央には、大きなクッションがある。

 壁際にはカラーボックスが三つあり、小難しそうな本が並べられている。

 その中に、本ではなく、スクラップ・ブックがあることに気付いた。


 手に取って中を見ると、昨年から都内を恐怖に陥れている、連続押し込み強盗の記事がスクラップされていた。

 うわぁい。これは、まさか、もしかして……。


 言っちゃ何だが、あたしは、この連続押し込み強盗については、相当詳しい。 

 発生件数は、現在までに22件。

 同一犯、または同一グループによる犯行説と、模倣犯も存在しているとの説が流れている。


 スクラップ・ブックには、22件中7件の事件の記事が保存されていた。

 どう考えても、あの青年が模倣犯である。


 うわぁい。これは困った。

 む~~、そもそもあたしは、念入りに下調べをしてからでないと、実行しないタイプなんだけどなぁ。

 今夜の散歩も、下調べだったし。


 まあ、行き当たりばったりというのも、たまにはいいかも知れない。

 青年の服装からして、そこそこ貯め込んでいるようだし。

 それに体格からして、強そうにも思えない。


 何より、あたしの方が、青年より、倍以上のキャリアがあるのだ。

 いつものように上手くいくだろう。


 あたしはズボンの裾をめくると、ふくらはぎに装着していたナイフ・ホルスターから、ハンティング・ナイフを抜き出した。

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うわぁい。 七倉イルカ @nuts05

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