薔薇の夢幻迷路

才式レイ

本編

 いつものようにコンビニから帰って公園に寄り道する。

 夜の静けさが好きだ。

 人々が寝静まったこの時間帯に動き回ると、まるで世界に僕一人だけが残されたような感覚が、とても好きだ。

 この感覚を味わいたいと何度も夜更かしをしてたら、いつの間に昼夜逆転の生活を送るようになってた。


「まあ、だからと言って、別に困ったことはないしな」


 夜空に呟いては、それが暗闇に溶けて消えた。

 今までずっと人を避けてきたわけだから、友達もなければ、恋人もいない。まあ、昔から太陽があんまり好きではなかったから丁度いいや。

 暫く無人の公園を歩くと、あるモノがふらりと僕の視界の中に入って、思わず目を見張る。


「光る蝶……」


 それが青く光り、おっとりと羽ばたいている。見惚れて思わず手を伸ばすと、蝶がひらりと僕の手をかわした。

 突然視界を横切った青い軌跡に、目を見開く。その場で見送ると、ふと蝶が止まった。まるで「付いてきて」と誘われるかのように。不思議なことに、その誘いを断る気はさらさらない。青い光に引き寄せられて、歩き出した。


 蝶を追っているうちに、薔薇の迷路に迷い込んでいた。三面の薔薇の壁を見回し、不安が胸中に広がった。もう随分奥まで来たので、後戻りできない。おまけに、こんな肝心な時にガイドの蝶もいつの間に消えたとは。


「進むしかない、か」


 溜息をついて地面を蹴る。

 暫く進むと、ようやく出口に辿り着いた。そこには美しい薔薇の庭園が広がっていた。その中央にガゼボがあり、そこに向かう。ガゼボの中に踏み入れた途端、どこからともなく少女の声が聞こえた。


「あら、久しぶりに人間を見たわぁ」


 ふふふ、とゴスロリの少女は空中に姿を現す。

 赤く光る瞳に、悪戯っぽく覗く八重歯。初対面のはずなのに、全くそんな感じがしない。

 奇妙な感覚に包まれる中、彼女は僕の耳元で囁く。


「さあ、始めましょう。甘くて幸せな悪夢の始まりを」

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薔薇の夢幻迷路 才式レイ @Saishiki_rei

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