鉄の谷一番街は、深夜に散歩する場所じゃない【KAC20234】

天野橋立

鉄の谷一番街は、深夜に散歩する場所じゃない

 深夜零時、その通りには人っ子ひとりいなかった。

 だが、散歩サーチする私の足音がやけに大きく響いて聞こえるのは、そのせいばかりではない。

 頑丈な鉄板で覆われた路面を靴底の強化チタンソールが叩く、その音はひどく硬質で耳障りなものなのだった。


 通りに面した建物の壁もみな、あちこちに赤錆の浮いた鋼鉄でできている。お客が出入りする扉や、色とりどりの商品が並んだ窓もみな、日没と同時に鉄板で厳重に封鎖されるのだ。

 それら分厚い金属の表面には、海溝のように深い傷跡がいくつも刻まれていた。それこそが、この町がこんな厳重な防御態勢を取っている理由だ。


 サイレンを鳴らして、市警の装甲警ら車ティンボックスが近づいてきた。

「そこの男、すぐにここを立ち去れ。この『鉄の谷一番街』は、夜間歩行絶対禁止圏域ゾーン・オブ・デスに指定されている!」

 武装警官のがなり立てる声は、私の足音よりもさらに耳障りなものだった。


 コートの胸元から個人属性票ユニークカードを取り出して、装甲警ら車に向かってぞんざいに示す。コクピットから照射された蒼いコヒーレント光が、瞬時に内容を確認した。

治療人カウンセラーか、あんた。ありがたいが、命を落とさんようにな」

 警官の声は、ちょうど10℃ほど温かみを増したようだった。


 角を曲がり、狭い路地に入る。月の光も届かない暗い夜道だ。危険は承知だが、彼はこういう場所を好む。

 すぐにその場で、私は足を止めた。誰か、前方の路上でうずくまっている。赤いコート、髪は長い。


「大丈夫ですか? ここは危険な場所ですよ」

 と私は声をかけて、コートの袖口に仕込んだ高出力懐中電灯の対数スイッチに親指を当てた。

 光に驚いたように、その人物は顔を上げた。若い女性だ。少女のように華奢な造りの顔、肌の色はパラジウムのように白く見える。


「日が暮れた後、外に出ちゃいけませんよ。この辺りでは、危険な機械妖怪ギヤ―が出没しますから」

「どんな風に危険なのかしら? その機械妖怪って」

 小首をかしげて、彼女は無邪気な声でそう訊ねた。

「例えば……こんな感じ?」


 女の顔が左右真っ二つに割れた。その間から、高速回転する円形ノコギリチップソーが飛んでくる。

 対数スイッチを、最高出力へ。光束のエネルギーは数十万倍に増強され、タングステン製の円形ノコギリを蒸発させる。こちらは先刻お見通しだ。


「こしゃくな駆除人ギヤバスターめが!」

 流動ナノマシンの集合体である機械妖怪ギヤ―は瞬時に姿を変えた。巨大な歯車のような、周縁に鋭い歯の並んだ円盤。これが、機械妖怪の本来の姿なのだった。


 用途廃止になった旧い街区を切除するために作られた、自律型破壊重機。

 それが、初期の人工知能最大のバグであった「自我貫通性障害」の発症によって制御不能となった姿が、このタイプの機械妖怪ギヤ―だった。

 ちょいと骨は折れるが、破壊してしまうことは可能だ。しかし、私には私のやり方があった。


 狭い路地を高速回転しながら突っ込んでくる、機械妖怪。こいつに比べれば、さっきの円形のこぎりなどおもちゃに過ぎない。

 防刃コートに身を包んだ私は、すれすれの所でその攻撃をかわす。そしてすれ違いざまに、左手の投与銃でHEMSRI弾を奴の中心軸に撃ち込んだ。

 着弾した弾体から高速噴射されたメタルジェットが、指令ナノマシンの内部に浸透する。その金属流体には「自我貫通性障害」を治療するのに充分な偏磁界を発生させるだけのバイアスがかけられていた。


 無数の刃を引っ込めて、すっかり大人しくなった機械妖怪ギヤ―を連れて、私は新市街へと帰る。

 最新のAIカーネルへとアップデートを受けた彼には、第二の人生が待っているはずだ。

(終わり)

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鉄の谷一番街は、深夜に散歩する場所じゃない【KAC20234】 天野橋立 @hashidateamano

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