第11話 ドワーフ王国

 ドワーフの彼は「自分から告げ口をするメリットはどこにもない」と、俺の行動を良しとしてくれた。


「魔物を助ける人間なんて、初めて見ましたよ。私の名前は、ロドルフ。これも何かの縁でしょう、お見知りおきを」

「こちらこそ。俺は坂田肇です。気軽にハジメと呼んでください」


 俺が手を差し出すと、ロドルフは驚いた顔をする。


「あれ。すみません、ドワーフの方への握手は失礼にあたりますか?」

「い、いいえ……ただ、人間の方でそんなことをする人は……」


 ふむ、想像通りといえば想像通りだが、この世界での魔物と人間の確執は深いようだ。

 ロドルフの口ぶりから察するに、人間のほうが高圧的なのか? まだパワーバランスがよくわからないな。


 俺は宙でもてあました右手を引くこともできず、結局たどたどしく話を無理やり切り替える。


「えっと……あ、あれって放っておいてもいいんですか?」


 握手のために差し出していた手を、先ほど倒したバジリスクの方へと向ける。

 ロドルフは「あ!」っと声を上げて、荷台の中から何かを取り出す。


「いけない。バジリスクの素材なんて、めったに手に入るものではありません。痛む前に素材を回収しなければ」


 ロドルフが手に持ったのは、バタフライナイフより一回り大きめのナイフだった。


「ドワーフ製の最高級ナイフです。この切れ味を超える代物はドワーフ国以外にありませんよ」


 さっきまでおびえていたのが嘘のように、ロドルフは上機嫌でバジリスクの元へと向かう。


「ハジメさんもどうぞご一緒に。助けてもらったのですから、半分はハジメさんの分ですよ!」


 ……うーん。思ったよりちゃっかりしている性格だな、ロドルフは。

 でもまあ、心底遠慮されるよりは気が楽だ。

 俺も改めて、バジリスクの全貌を見ようと足を進める。


「うおおお……これはまた凄いな」


 頭が吹き飛んでいたことは確認していたが、落ち着いて見てみると現場は凄まじい有様だった。

 頭のない巨大蛇が横たわり、青色の血だまりが池のように広がっている。

 匂いはそれほどきつくなかったが、凄惨さを極めた魔物の死体は、慣れそうにない。


「これを……解体するんですか」

「全部は持ち帰れないので、皮の一部と希少部位だけにしておきましょう」


 俺にはできそうにないな。ロドルフに任せるか、と思っていると、目の前にステータス画面が表示された。



 ===

 新たな水源を発見しました。

 経験値が入りました。


『水温計』

 レベル50→110

 測定できる液体の種類が増えました。

 ・石油


『水質測定』

 レベル25→50

 発動条件純度が85%に変更されました。



 スキル追加条件を満たしました──固有スキルレベル100。三つ以上の水源の発見。

 追加スキル『蒸留』


 スキルを開放しますか? 

 YES ・ NO


 ===


 俺は悲鳴を上げそうになった口を咄嗟に抑える。


 水源なんてどこにもなかっただろ!

 それに、レベルの上がり方が尋常じゃない。さらには何か新たなスキルが追加されたぞ。


 一体何があったのかと、スキル『水質鑑定』を発動してみる。


 ===

 鑑定結果

『バジリスクの血液』

 ===


「水源の判定ガバガバすぎるだろ」

「何か言いましたか、ハジメさん?」

「あ、いえ何も……」



 にしても、石油か。

 ……見つけられれば、温泉施設に湯沸かしシステムが導入できるんじゃないか?

 毎日薪を焚くより楽だろう。


 そんなアイディアがふと浮かんだが、ひとまずYESを押し、新たなスキル内容についてはあとでじっくり確認するとしよう。


 黙々と作業を続けるロドルフの背中を眺めつつ、俺はさっき気になったことを聞くことにした。


「そういえば、さっき俺のことを“テイマー”って呼んでましたよね?」

「あれ? 違うのですか? ドワーフと……トカゲの魔物は見かけたことありませんが、てっきりそうかと」

「ああ、いえ、“テイマー”ではあるんですが……その、人間と魔物が一緒にいるのは、テイマー以外には珍しいのかな、と気になりまして」


 俺は咄嗟の判断で、身分をテイマーと偽ることにした。

 それは正解だったようで、


「ええ。私が知る限りでは。魔物は通常、他種族に従いませんから。例外なんて……魔王くらいでしょう」


 危うく俺は、大罪人で魔王の肩書を背負うところだった。


「それにしても、バジリスクを一撃で倒すなんて……どこでテイムされたんです? そのトカゲは」

「ああ、いえ。コイツは例外で……物心ついた時から一緒なんです。だから、どうやってテイムしたとかは正直覚えてなくて」

「良い巡り合わせですね。きっと、神がハジメさんをお守りするために授けたのでしょう」

「だといいですね。大切にしているんです」


 回収が終わったのか、ロドルフは両手いっぱいにバジリスクの素材を持って荷台の元へと帰ってくる。


 そして、俺の手に「はい」っと素材を乗せ、困り顔で微笑んだ。


「魔物を大切に……ですか。さきほどからずっと感じていましたが、ハジメさんは少し……人間の世界では生きづらそうな性格ですね」

「え?」

「気にしないでください。私の勝手な杞憂ですから」


 ロドルフは俺に素材を手渡したあとも、なぜかずっと立ち尽くしている。

 視線は、バジリスクの素材を抱えた俺の両手だ。


「……そのぉ、ハジメさん」

「はい?」

「えっと、ですね。さっきも申し上げた通り、バジリスクの素材は非常に貴重でして……もっているかどうかで、商人としての格が全く違ってくるわけです。それで、その……えっと……わ、私が持てる限りの商品と交換しますので、どうか全部譲ってはくれませんでしょうか?」


 半分だけでは満足できなかったようで、ロドルフの素直さに思わず笑ってしまう。

 でも、こちらとしても願ったり叶ったりだ。


 金銭を持っていない今、物々交換が唯一の手段。

 俺は快く了承した。


「いいですよ。どのみち、ドワーフ国へ行こうと思っていたんです」

「本当ですか!! それでは、私が国まで案内しますので! ぜひ店に来てください!」

「人間が入っても大丈夫なんですか?」

「まったく問題ありません。ただ、入るのに少し気合が必要なだけですから」


 気合? 

 ロドルフの言葉の意味は、のちほど知ることになる。


 ともあれ、偶然の出会いを機に、ドワーフ国へ立ち入ることになった。

 本来は周辺調査予定だったが、これは大きな前進だろう。


 ドワーフであるロドルフがいれば、国内でも右往左往する必要がなさそうだ。

 それ以上に……俺はワクワクしている。


 急な予定変更にも柔軟に対応するのが、スマートな社会人。

 俺は期待を胸に、キッシュらの方を見る。


「キッシュ、ヤックル。予定変更で、今回で買い物を済ませてしまおう」

「かしこまりました。お供いたします」

「ガウ!」


 ◇


 あれから二日。俺たちは、ロドルフと共にドワーフ国を目指した。

 正確な世界地図はロドルフがくれたので、今後の探索もはかどりそうだ。


 道中、ロドルフにドワーフ国の事前情報を聞こうとしたが、彼はどうしても直接見せたいようで、焦らして教えてくれなかった。


「さあ! 着きましたよ! あれが世界最大の防衛力を誇る……ドワーフ王国です!」


 指さされた先の光景を見て絶句する俺に、ロドルフはしたり顔をする。


「初めて来る方のその表情が見たかったのです!」


 目の前は、断崖絶壁というべきか。

 森を抜け、平原を歩いた先にあったのは、巨大な岩山だった。

 ドワーフの国は、この岩山を上った真上にあるのだ。


 山頂付近は高い塀が円を描き、国全体を防衛している。

 地上からはわずかに、王城らしき頭が見えたが、全貌は底知れない。


 恐るべきは……国の入り口にたどり着くための手段が、一本の階段のみだということだ。


 まるで中国にある修行山のよう。


「これを……登るんですか」

「全部で一万段です! あ、荷物はドワーフ国が専用に飼いならしている鳥が運んでくれるので大丈夫ですよ」

「……登り切れなかったら荷物はどうなるんです?」

「ありがたく回収され、欲しい人に分配されます」

「ドワーフの人たちは毎回これを登っているんですか……」

「あ、いえ。国民証明書があれば、鳥に運んでもらえます。ではでは、ハジメさん。上でお会いしましょう!」


 登れないなら来るな、ということか。

 俺は今年三十二歳。

 ……持つのか、膝が。

 そして、明日以降動けるだろうか。


 悠々と麓の関所で受付を済ませ、先に運ばれていくロドルフを見ながら、俺はゴクリと喉を鳴らした。


「行くか……行くしかないよな」


 パンっと頬を叩いて気合を入れなおし、俺は第一歩目を踏み出した。


「ガウっ」


 後ろでキッシュが鳴く。振り返れば、絶望に満ちた顔をしていた。

 トカゲ型のキッシュは、足が短すぎて……階段を登れていなかった。


「嘘だろ……お前を抱えて登るのは絶対無理だって……」



 山頂まで行けるのか、本当に。




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ドラゴンの湯~おっさんは外れスキル「水温計」でチートな異世界温泉スローライフを送りたい~ はちみつ梅 @hachimituume

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