第10話 知らない間に罪が
順調に森の中を進んでいた時、俺の後ろに乗っていたヤックルが声を上げた。
「ハジメ様」
「どうした?」
首だけを振り返って確認すると、ヤックルは険しい顔をしている。
「進行方向を変えましょう。これより正面方向一キロ先に、ドワーフの声がします」
「あれ? 国はまだ全然先だろ? 人数とか分かるか?」
「感知範囲ギリギリですのでそこまでは……もうしわけありません」
この世界で、人間と魔物が一緒にいることが普通なのか異常なのか分からない。
ゴブリンとトカゲを連れた状態での接触は、やめておいた方がいいだろう。
今回の目的はあくまで、ドワーフ国周辺の情報収集だ。
……ちょっとだけ、ドワーフに会えるかもって分かったらワクワクしたんだけどな。
「キッシュ。ちょっと速度を落としてくれ」
「ガウ!」
俺はリュックに差していた地図を取り出し、改めてルートを確認する。
「んー……右に進路変更したほうが早いかな」
この地図も、キッシュとゴブリンたちのおぼろげな知識を寄せ集めて作ったものなので、正確じゃない。
開拓された道としては一番広くて分かりやすいので、予定を変更するのには不安があったが、仕方ないか。
「キッシュ、進路を右に……」
「あ、向こうも右へ変更するみたいです」
指示しようとした途端、出鼻をくじかれる。
「なんでだ? 今正面から向かってきてたんじゃないのか?」
もしかして、向こうもこちらを感知している? ドワーフのスキルとか知らないし。
ヤックルの超聴覚による聞き取り結果は、俺が予想したものではなかった。
「魔物に襲われている……みたいですね。進行方向が滅茶苦茶で、統一性がありません」
「魔物に? 何を話しているか分かるか?」
「パニックになっていることしか……」
魔物に襲われていて悠長に話ができるわけないか。
接触を避けて道を変え続け、結局迷子になってしまった。なんてことになっても本末転倒だ。
どのみち近づかないと、これ以上の情報は取れそうになかった。
「どうされますか、ハジメ様」
まだ情報がない中、むやみに接触しないほうがいい。
そんなことは分かっている。
どんな魔物に襲われているかも分からない。
でも、こっちには
「キッシュ。こっちが負けたり、傷ついたりする可能性はあるか?」
キッシュは何言ってんだ? って顔で首を横に振った。
「……ここで行かなきゃ、なんのために髭剃ったんだって話だよな」
「ハジメ様ならそうおっしゃるだろうと思いました」
ゴブリンも小動物も助けてきた。
ドワーフだけ見捨てる理由なんてどこにもないだろう。
「デメリットは後でいくらでもリカバリーできる。それより知ってしまったのなら助けよう。行くぞ、キッシュ。走れ!」
「ガウゥ!!」
俺はキッシュの首元をパンっと叩く。
キッシュの走りが一段と加速し、俺たちはヤックルのスキルを頼りに現場へと向かうことにした。
◇
「くそっ……! なんで、なんでこんなところにバジリスクがいるんだ!!」
ヤックルの案内に従い、キッシュが現場に到着したとき、そんな悲鳴が聞こえた。
声のした方を見れば、森の中を一人のドワーフがこちらに向かって走ってきている。
荷台を引いているので、商人だろうか?
褐色の肌にずんぐりむっくりとした体。茶色の長い髭は、顔のほとんどを覆っていた。ゴブリンと同じ人型ではあるが、一回りも二回りも大きい。
「ヤックル、あれは……」
「バジリスクです! 吐いた毒は鉄すら溶かします! 安易に近寄れば、我々も危ないです!」
俺は初めて見るドワーフより、その後ろに控えるバジリスクとやらに目を奪われた。
蛇だ。全身が紫と緑が混ざった鱗を持ち、目は真っ赤に光っている。
ドワーフを飲み込もうと大きく開かれた口からは、鋭く長い牙が光っていた。
驚くべきは、その巨大さだ。
森を覆う木々とさほど背丈は変わらない。一体全長何メートルあるんだ?
どこからどうみても、危険性の高い魔物であることに間違いはなかった。
「ハジメ様! やはり逃げましょう! あれはA級の魔物です!!」
この世界での階級が、一体どれくらいの危険性を指し示すのか知らない。
というか、そんなこと考えている暇はない。
ドワーフは俺たちの存在に気づいたのか、驚きの表情をする。
「な、なぜここに人間が……! お逃げなさい!! 巻き込まれますよ!!」
自分も必至だというのに、目に入ったばかりの俺に気を遣ってくれるのか。
俺は一度目を伏せ、キッシュの頭を撫でる。
「……頼んだぞ、キッシュ。どうかあの人まで巻き込まないでやってくれ」
「ガウガウ!」
キッシュは軽快に返事をし、状態を起こして後ろ足で立ち上がる。
そして、大きく口を開けた。
「何を……! ゴブリン程度の捕獲をしているテイマーじゃ足元にも……!」
キッシュの口元に集まる光線の集約音に掻き消され、それ以上ドワーフの声を聞き取れなかった。
頼む……森が消し飛ぶなんてことはあってくれるなよ。
そんな願いが伝わったのか、一拍置いてキッシュの口から吐き出されたのは、今まで見た中で最も細い光線だった。
弱弱しささえ感じたので、一瞬大丈夫か? と思ったが、杞憂のようだ。
目の前がカッと明るくなり、遅れて轟音が鳴り響く。
きっと、遠くからみたら細い光線が空に向かって打ち出されているだろう。
そんな想像をしていると、やがて視覚も聴力も元に戻る。
「ガウ!」
前足を地面につきなおしたキッシュは、誇らしそうな顔で俺を見上げている。
「ありがとう、キッシュ」
ドワーフの方を見ると、彼はその場に腰を抜かしていた。彼の後ろから迫っていたバジリスクは、頭が消し飛んでいて、今まさに全身が地面へと崩れ落ちようとしている。
見える限りでは、木も倒れていないし、自然に影響はなかったようだ。
俺はキッシュから降りて、急いでドワーフの元へと駆け寄った。
「大丈夫ですか!」
手を差し出せば、ドワーフは困惑しながらも手を取り、立ち上がる。
「あ、ありがとうございます……」
「お怪我は?」
「ああ、いや……大した怪我はしていません」
彼はそういったが、腕には擦りむいた跡が見えた。血はでていないみたいだが、放っておけば化膿してしまうだろう。
「腕をだしてください」
「え、ああ、はい……」
持ってきておいて良かった。
俺はシャツの胸ポケットから回復薬が入った小瓶を取り出し、一滴傷口に垂らす。
すると、一瞬で擦りむけが治った。
「よし。これで大丈夫」
満足そうな俺とは違い、ゴブリンは顔を真っ青にした。
「な、な、なんてことを!!」
「え?」
「人間の国では、回復薬を使って魔物を治癒することは、極刑に値する重罪のはず!! 大丈夫なのですか!!」
……それは、知らなかった。
俺、知らない間にめっちゃ罪を重ねてるじゃん。
いやでも、俺はどの国の所属でもないし……野良の人間だしなあ……
「ひ、秘密でお願いします!」
ひとまず、愛想笑いで誤魔化しておいた。
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