夜の貴族と夜歩く子【KAC20234】

キロール

真夜中の散歩、その最中に出会う

 私には既に領土もなく、最後の城は3LDK のメゾネットタイプの貸家の寝室に鎮座している。

 こうなってしまえばそこらの勤め人とさほどの違いもあるまい。

 いや、日中は部屋に閉じこもってばかりだから、世間から見れば引きこもりであろう。

 それも同居している息子を働かせてばかりのダメ親父と言うかなり底辺の評価を受けている気がする。


「旦那が世間体を気にするとは初めて知ったぜ」


 私の思考を読み取ってか、使い魔たるジョーが人の肩に座ったまま口を挟んだ。

 この失礼な物言いをする使い魔の外観を一言で表すならば、洗濯洗剤のCMにでてくるあの白い可愛らしいクマのぬいぐるみに真っ赤なマフラーを付けた奴だと思ってくれれば良い。

 外見と中身のギャップがひどいが、まあ、人は見かけによらぬと言うアレであろう。


「アレとか多くなると年取った証拠だぜ?」


 うるせぇよ。

 どうせ、もう若くはねぇよ。

 

 等といつも通りジョーと真夜中の散歩を楽しんでいると、向こうの方から随分と若い娘が歩いてくるのが見えた。

 不用心だな。

 いくら人間様が夜の世界を明るくしている昨今とは言え、若い娘一人で歩くのは……って、ありゃ娘と言うかガキだな。

 信じられんね、どんな過酷な環境の農奴だって寝ている時刻だぞ。

 何でほっつき歩いてるんだ?


 だいたい今の時代の人間は夜を恐れなさすぎる。

 遠い昔よりまどろみと覚醒を繰り返してきた私に言わせれば、いささか不敬ではないかと思う。

 夜を、ニュクスを恐れたまえよ。

 いかに昼のように明るくしようとも、人工の明かりは太陽には敵わない。

 夜を、夜の貴族を焼く事など叶わぬ光。

 それが証拠に眠りから覚めた一部阿呆どもが狼藉を働くのを人口の明かりは防ぐことができない。


 そうだと言うのに今の人間たちは夜を恐れないからなのか、本質を理解できなくなっているのか、時々襲われる被害者たちを見て強殺だなんだと騒ぐだけ。

 夜遊びがそんなに楽しいか? 夜魔に襲われようとも関係なく遊び歩きたいのか?

 酒神バッカスだってそこまで楽しんじゃいなかったろう程に酒に溺れて乱痴気騒ぎの興じる奴もいる。

 もし、これらの行動の原因がストレスだと言うのならば今の人間の抱えるストレスは並みじゃないな。

 農奴よりは楽な仕事が多いと思うんだが。


 そんな事を考えていたらガキはもう目の前に近づきつつあるガキはもう目の前にいた。

 これが夜に幻想を見る詩人の卵との出会いであったならば良かったが、近づいて来たガキの様子を見て私は落胆に近い感情を覚えた。

 どう見てもやせ細った身体、目元に浮かぶ痣、時々テレビのニュースで見聞きする虐待を思わせる姿。

 或いは、本当に強盗にでもあったかのようだ。

 

「まだ強盗の方が救いがあるぜ」


 ジョーの呟きは、私の心の声とそう変わりはなかった。


 無視するのが無難であろう。

 所詮は人の子と言うのもあったが、昨今は見知らぬガキに声を掛けるのがためらわれるご時世だ。

 犯罪者呼ばわりされかねない。

 まあ、私は容姿でどうとでも誤魔化せるが。

 ……誤魔化せるが、余計な問題を抱えて息子に迷惑を掛ける物ではない。

 そう言う訳で無視してすれ違おうとした。

 小さな背丈のガキはきょろきょろと周囲を見ていたが、不意に私を見上げて驚いた顔をした。

 だが、それ以上は反応せずに通り過ぎていく。


 ……ジョーを肩に乗せていたら怪しさ満点だわな。


「おい」


 だからと言う訳ではないが、私は思わず声を掛けていた。

 明らかにビクッとして立ち止まったガキに私は言葉を続ける。


「こんな夜遅い時間に何を探している?」

「ウサギのぬいぐるみ。もう会えないパパからもらったの。でも、新しいパパが要らないからって捨てちゃった。嫌だって言ったんだけど……」


 捨てられたらもう収集車に運ばれた後ではないのか?

 私は思わず肩に乗っているジョーを見る。

 ジョーは軽く肩を竦めた。


「嫌だって言ったのに捨てられたのか?」

「怒られて叩かれたけど、嫌だって頑張ったけど……ママも捨てなさいって」


 母親の再婚相手がろくでもないのか? 或いは内縁とかっていう奴か?

 大体、目に痣作るようなのは叩いたって言わないんだ、殴ったって言うんだぜ?


 ……ああ、語り掛けるんじゃなかった。

 色々と考えてしまうではないか。

 昔みたいに掻っ攫って私が育てるなんて手法は今の世じゃ使えないし、そもそも息子に迷惑がかかる。


「ごめんね、お兄ちゃん。あたしウサ吉探さないと」

「ママやパパが心配しているんじゃないか?」


 してねぇか? してねぇな。

 ああ、上っ面だけの言葉だな、我ながら。


「わかんない」

「……だよなぁ。普通は探しに来るもんなぁ……。残念だけどウサギのぬいぐるみ……ウサ吉は帰って来ないだろう。帰って来るならばそれは奇跡だ」


 現実を告げると、驚いたことにガキは頷いた。

 分かってはいるのだ、自分の行いが無意味だと。

 それでもウサギのぬいぐるみ……ウサ吉を探すと言う行為がある種の反抗となっているのか?


 ……どうすっかなぁ、攫っちゃおうかなぁ……。

 私の方が上手く育てられる自信はある、少なくとも暴力と飢えとは無縁の暮らしは提供できるだろう。

 だが、それはたぶん根本的な解決にならない気がする。

 第一、このご時世にそれは無理なのだ。


「……そう、だな。もし今度新しいパパとやらが君を叩こうとしたときはこう言いなさい。お入りくださいって」

「おはいりください?」

「そうさ。そうしたらこの肩のぬいぐるみが君の事を助けに行くよ。まあ、私もついでに行くけども」


 あくまで助けるのはジョーの仕事と言う事にしておこう。

 私はほら、武闘派だから……Z指定にしかならないから。

 ガキの目の前で繰り広げる訳にはいかないから。

 私がその気になったらロメロゾンビが走って逃げだすから。

 だから、その時が来ても落ち着けよ。

 ジョー以外の使い魔をださない、体を無数の蝙蝠にしない、狼にもならない、霧にもならないし、金剛力を振るわない。

 オーケー、オーケー、ダイジョウブ、ダイジョウブ。

 荒事は南北戦争で最後だ、そう、最後。

 だから落ち着けよ、ステイ、ステイ。


 私の葛藤など知らないガキは一つ頷いてウサ吉を探しに歩き出す。

 帰って来るはずがないと知っていながら。

 止める権利は私にはない。

 だが、まあ、私がこのガキの後をついていく事を止める権利はガキには無いからお相子だな。

 

「どうしてついてくるの?」

「見つからんと言った手前見つからない事を確認しないとならんだろう」

「ツンデレかよ」


 ジョーが突っ込みを入れる。

 うるせぇよ。


「ぬいぐるみがしゃべった!」

「おう、俺の名前はジョー。ジョー・紫電って言うんだ、お嬢ちゃん、名前は?」

「あたしはルミって言うの」


 ジョーとガキが話を始めてしまった。

 結局、ガキはテンションが上がってしまってそのまま一時間は一緒にウサ吉とやらを探す名目の散歩に付き合う事になった。


 まあ、このウサ吉がまさかあんな事になるとはこの時は思いもしなかったが……。


 ついでに、あのあと数日後には呼ばれたんで、家に乗り込んでガキの継父を脅しておいた。

 ダイジョウブ、精々R15くらいのことしかしてないから。

 やあ、我ながら丸くなった物だなぁ。


<了>

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