ブラックアウト・シティ【KAC20234】

カイエ

ブラックアウト・シティ

 深夜に出歩くなら、散歩と言うよりは「徘徊」と言う方がしっくりきます。


 ▽


 ぼくには親友と言って差し支えのない友人が数人います。

 中学時代には、その中でも一番絡むことが多い幼馴染と、よく深夜に自転車で徘徊しました。


 ここでは敬愛の気持ちを込めて、彼のことを「セラヴィくん」と呼びましょう。


 この名前は、中学〜高校時代の彼の芸名みたいなモノです。

 セラヴィくんはいわゆる音楽バカで、ぼくが小説ばかり読んでいるのに対し、彼はなんでも音楽に結びつけて考える、なんというか天才タイプと言おうか、傍迷惑と言おうか、とにかくそんなやつです。


 ぼくはセラヴィくんにひっついて腰巾着みたいなことをしていて、彼がピアノやらシンセサイザーやらを駆使していろんなバンドを牽引していく後ろを、あまり上手でないドラムをひっさげてついて行きました。


 反面、セラヴィくんは音楽以外のことはからっきしなので、何かあると「カイエ、助けてくれ」とぼくに頼ってきます。

 頼られるのは嬉しいのですが、もう少し自分でも考えてみればいいのにと思わなくもありません。でも、音楽以外のことは全部人任せ、という彼の生き様は、どこか眩しく、真似できないかっこよさがあります。


 ▽


 セラヴィくんとは、ぼくが2歳、彼が1歳のころからの付き合いです。

 幼稚園、小学校と一緒に過ごしまして、中学になりますと一緒に悪さをするようになります。

 悪さといっても、本性は気の弱い二人ですので「親の言うことを聞かない」とか「拾ったエロ本をこっそり読む」とかの些細なものですが、それでも自分たちとしては立派な不良のつもりでした。


 で、普段は何をしているかと言うと、自転車で遠くまで行くわけです。


 山を登ってノーブレーキで降りてきたり(だいたい事故になりました)、丸一日かけて国道を一直線に走って帰れなくなったり、観光地に出かけたつもりが何もないところに出て空腹のあまり大げんかしたり、そんな感じです。


 健康的な不良でした。


 とはいえ、毎日そんなことをしているわけではなく、ふだんは近所をうろうろしていました。

 大真面目に音楽談義とかをしながら、深夜に徘徊します。

 今から考えるとなんのこっちゃと思うようなことを、いっぱしのミュージシャンになったような気分で語り合うのですが、これが存外たのしいものでした。


 ▽


 家の近くで徘徊なんかしているとご近所さんに叱られたりするので、少し離れた公園まで行きました。


 そこには、たまにですがチャルメラがやってきました。

 ですが、そこは公園ですので、いわゆる住宅地ではありません。

 たぶん、単に通り過ぎているだけなのだと思いますが、とにかく猛スピードでチャルメラが走って行きます。


 ちゃららーらら、ちゃららららら〜、らららら。


 ドップラー現象が起きて、途中で音が下がります。


「途中でコードが変わった」


 セラヴィくんが言います。


「来る時も、行く時も、周波数がおかしい。すれ違う瞬間に一瞬だけ正しい音になる」


 どうでもええわ、と思いました。

 それよりラーメンが食いたい、と思いました。


 ぼくは「次はお金を持ってきて、あのチャルメラでラーメンを食べよう」と持ちかけました。

 セラヴィくんは少食ですが、そういうイベントごとには敏感なやつなので、両手を上げて賛成してくれました。


 ▽


 数日後、遠くからチャルメラの音が聞こえてきました。


「……来る」

「ああ、来るな」


 どこかかっこいい会話をして、二人で自転車を引いて通りまで出ます。

 猛スピードでチャルメラが迫ってくるので、「おーい!」と二人で手を振りました。


 チャルメラはぼくたちには目もくれず(たぶんヤンキーが絡んできてるとでも思ったのでしょう)、猛スピードで走り去って行きました。


 ちゃららーらら、ちゃららららら〜、らららら。


 セラヴィくんは言いました。


「途中でコードが変わった」


 それはもういいっての。


 ▽


 それから、しばらくの間、チャルメラとぼくたちの攻防戦が始まります。

 たぶんですが、チャルメラの人はぼくたちの存在に気づいています。


「おーいおーい」と一所懸命に手を振るのですが、停まる気配もなく猛スピードで立ち去ってしまいます。


「追うぞ!」

「ああ!」


 二人は自転車に飛び乗って、チャルメラを追いかけます。


 ちゃららーらら、ちゃららららら〜、らららら。


「周波数は?」

「だめだ。多分、元の段階で狂ってるんだ」

「へぇ」

「そんなことより、追うぞッ!」

「了解ッ!」


 ペダルを踏む足にグンと力を込めます。


 ここだけ切り出したらちょっとかっこいい気がします。


 ▽


 ぼくたちは信号に捕まったチャルメラに追いつき、ゼーハー言いながら


「ラーメン……二つ!」


 と声をかけました。


 ラーメンを作ってくれる様子を観察させてもらい、おっちゃんと楽しくおしゃべりしつつ食べるラーメンはめちゃくちゃ美味しかったです。


 想像以上に旨く感じたのは、深夜テンションと達成感のおかげもあるのでしょう。

 今でも、二人で飲んで、〆にラーメンを作るたびにこの話題になります。


 ▽


 最近はチャルメラを耳にすることもめっきり減りました。

 しかし、つい先日娘が部屋に飛び込んできて「チャルメラを捕獲した!!」と声をかけてきました。

 若い女の子が追いかけるとすぐ止まってくれるんだなぁと思いました。


 久々に食べたチャルメラは、全然違う味でしたが、やっぱり深夜の味がして美味かったです。


 ▽


 追記です。

 タイトルの Blackout City とは、Anamanaguchi というアメリカのチップチューン・バンドの曲名です。

 深夜の徘徊と聞いて真っ先に思い浮かんだのがこれでした。


 Anamanaguchi - Blackout City

 https://www.youtube.com/watch?v=ttJdr01bHr0 (公式)

 https://www.youtube.com/watch?v=yJ4CaHqR4XI (PV)


 でも、この曲は一人で情熱を持て余して爆走しているイメージですね。

 ひとりぼっちの楽しさをハイテンションに盛り上げてくれる名曲です。

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