午前二時のナンパはご注意を

夢月七海

午前二時のナンパはご注意を



「おねえちゃん、今一人?」


 街灯の下で、スマホをいじっていた私は、通りすがりの男性にそう声を掛けられた。顔を上げると、二十代前半くらいの青年が、こちらを見てニマニマと笑っている。なんだか嫌な予感がした。


「彼氏を待っているので」

「こんな場所で? それよりも、オレと飲もうよ」


 険しい口調できっぱり断ったけれど、取り合ってもらえず、むしろグイグイ押してくる。

 こんな分かりやすいナンパが現れるなんて。ため息が出てしまう。深夜に散歩していた私に言われたくは無いだろうけれど、もう午前二時なんだから、普通に寝ればいいのに。


「結構です」

「まあまあ、そう言わずにさ」


 背を向けてみたけれど、ナンパ男は私の方を掴んで、無理矢理こちらに向かせてくる。

 思わず舌打ちが出た。こんな奴、鳩尾を殴れば一発なのに。流石に自重するけれど。


「こんな夜更けだし、一人だと危ないよ」

「……そうですね。吸血鬼が出るかもしれませんし」


 相手がアプローチを変えてきたので、私も別のことを言ってみる。

 「吸血鬼?」と、ナンパ男は怪訝そうな顔をした。変な女に声を掛けたと、これで諦めてくれるかもしれないと、期待したが、すぐに笑顔を取り戻し、私に迫ってくる。


「面白いこと言うね。もっと聞かせてよ」

「もう、聞かせることなんてありませんよ」


 満面の笑みでそう言った。直後、ばさりと何が跳び立つ音が響き、上空から影が下りる。

 ナンパ男は、警戒もせずに、自身の真後ろを見る。そこに立っていたのは、裏地の赤い黒マントを羽織った、真っ黒いタキシードの吸血鬼だった。


 ヒエッと、ナンパ男は情けない声を挙げて、後ずさる。

 吸血鬼は、黒いマントを蝙蝠の羽のようにはためかせながら、男の肩を掴む。そのまま大きく口を開けて、鋭い牙を男の首筋に近付けて――





   □






けい、来るのが遅い」

「ごめん。道を訊いていると思って」


 貧血で倒れているナンパ男を足元に転がして、私の恋人の景はペコペコと頭を下げる。恰好は立派でも、ここだけだと吸血鬼には見えない。

 二人でのんびり、夜の散歩を楽しんでいたら、誰かが歩いてくる足音がして、軽は近くの家の屋根の上に隠れた。そのままやり過ごそうと思ったら、その相手が私に話しかけてきたのだから、お互い戸惑った。


「今度から、ナンパだと分かるように、ハンドサイン決めておこうか?」

「それか、いつきも屋根の上で散歩するとか?」

「自分基準で言わないでよ」


 そうは言っても、屋根の上の散歩も楽しそうで、私は笑ってしまう。

 私の手を取った景にエスコートされながら、私たちは夜の散歩の続きをした。














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午前二時のナンパはご注意を 夢月七海 @yumetuki-773

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