山吹色の月と橙色のみかん

西しまこ

第1話


 大きな山吹色の丸い月が正面に見えた。


 わたしは月に向かって歩く。月は遠ざかる。また月を追いかける。

 追いかけても追いかけても、月には近づかない。そんなこと、当たり前のことなのに、なんだか悲しくなってしまった。


 溜め息をついて立ち止まる。ちょうど赤信号だった。

 ずっとまっすぐ歩き続けて来たけれど、ついに信号にぶち当たったのだ。どちらへ向かおうか悩んだ。目的もなく、感情に任せてただ歩いてきたから。

 海の方へ行こう。

 なんとなくそう決めて、また歩く。月は左手に見えて、わたしに着いてきた。さっきまでは追いかけていたのに、不思議。山吹色の丸い月。わたしは月から逃げるんだ。今度は。


 前を向いてひたすら歩く。歩いて歩いて歩く。

 車のライトが後ろから迫って、わたしを追い越していく。

 こんな夜中にみんなどこへ行くんだろう? ――まあ、わたしもだけどさ。

 海にはまだ至らない。車だとそんなに時間かからずに行けたのに。歩くと遠いんだ。

 時間の流れは、気分でも違う。

 楽しい時間はあっという間だ。でも、苦しい時間はとても長い。

 涙が出そうになったので、目に力を込めて涙が出ないように頑張った。泣かないんだ。


 コンビニが見えた。

 ふと思いついて入る。スマホしか持っていないけれど、スマホで支払いをすればいい。

 コンビニに入って一周する。

 ――みかん?

 なんとなく、時季外れな気がした。でもなんとなくみかん一袋を買う。

 コンビニの外でみかんを食べる。みかんって、今日の月みたい。それに少し冷たい。一つ食べて、もう一つ剥こうとしたら、駐車場にいる女の子と目が合った。


 ――幼稚園児くらい? こんな夜中に?

 女の子がじっとわたしの手元を見るので、わたしはその子にみかんをあげた。女の子はちょっと笑うと、みかん一つを大事そうに両手で持って、駆けて行った。夜の闇に姿が消える。

 ……大丈夫かなあ。あんなに小さいのに。

 わたしは女の子の行った方に少し歩いて行ってみた。女の子はもういなかった。

 見上げると、山吹色の月がわたしを見ていた。月からは逃げられない。


 わたしは思いついて、コンビニに設置された郵便ポストの上にみかんを一つおいた。

 うん、なんかいい感じ。

 赤いポストの上の橙色のみかんが、なんだかかわいく見えた。みかんの香りが夜に漂う。

 残りのみかんは二つ。

 帰ろうかな。帰って、いっしょに食べようかな。みかんを一つずつ。

 追いかけたら逃げるように感じる。でも結局いつもそばにいる。離れられない。


 スマホが震えた。どうしてわたしの気持ちが分かるのだろう? 「もしもし?」



   了



一話完結です。

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☆☆☆いままでのショートショートはこちら☆☆☆

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